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ヤクルト戦力外ドラ1「僕の中では最後やと」名リリーフは妻子が見守る中…トライアウト現地で記者が聞いた“世に出てない話” 

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広尾晃

広尾晃Kou Hiroo

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photograph byHideki Sugiyama

posted2022/11/10 11:00

ヤクルト戦力外ドラ1「僕の中では最後やと」名リリーフは妻子が見守る中…トライアウト現地で記者が聞いた“世に出てない話”<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

トライアウト終了後、スタジアムに向かって挨拶する選手たち

「ピッチャーいい球!」「ナイスピッチ」と鼓舞した選手とは

 16人目に上がったオリックスの左腕・海田智行は2年ほど前まで、左のワンポイントとして重宝する存在だった。この日本シリーズなど「海田がいれば」と思うことが何度もあった(やや球威が衰えた感もあったが)。

「内容は全然じゃないですかねえ。でも十数年投げてきた球で最後は三振を取れたんで良かったんじゃないですか、良かったです」

 シート打撃の守備はA組B組に分かれて野手組が担当する。遊撃で「ピッチャーいい球!」「ナイスピッチ」と投手を鼓舞していたのが楽天の吉持亮汰である。2015年大阪商大からドラフト2位で入団。しかしルーキーの年に右手を骨折して3年目に育成契約となった。一軍出場はわずか21試合。しかし毎年の沖縄県久米島の春季二軍キャンプでは、一番元気な選手だった。怪我に泣いた野球人生だったと言えよう。

「良かった思い出は少ないですが、最後に仙台の方に見ていただけたのは良かった。もし(どこかの球団に)呼んでいただけたら泥臭く這い上がりたい」

“田中将大の後継者”と目された楽天の釜田も

 22番目に上がったのは楽天の釜田佳直。ひときわ大きな拍手が上がる。

 2011年春の甲子園は東日本大震災の直後で、甲子園も緊張感に満ちていたが――3月24日、金沢高校エースとしてマウンドに上がった釜田は、敗退したものの小気味よい投球が目立った。素朴な丸刈り頭が印象に残っている。

 この年ドラフト2位で楽天に入団。1年目に7勝を挙げ田中将大の後継者と目されるが、ルーキーイヤーと同じく7勝を挙げた2016年がキャリアハイとなった。

「仙台のマウンドに上がって、大きな拍手をいただいたのは良かったなと。やり切ったと言う思いが廻ったので、これが、ここまで頑張ってきた僕の11年の野球人生かなと思います」

 客席では、釜田がマウンドに上がると膝に抱いていたコートに顔を突っ伏した女性がいた。ファンなのか、もっと近しい人なのか。

 続く福井優也は斎藤佑樹、大石達也とともに「早稲田三羽烏」として広島にドラフト1位で入った投手。3人を12球で締めくくった。眼光は鋭かった。

「投球内容は良かったと思います。仙台という地の利もありましたし、しっかり投げられたのでよかったと思います。内にも外にも投げられましたし、全体的に良かったと思います。(元チームメイト安部との対戦は)嫌だなと思いましたが、やってやろうと思いました」

 午後1時45分、すべてのスケジュールが終わった。球場の外では24番目にマウンドに上がった寺岡寛治がファンと記念撮影をしている。緊張がほどけて、ファンサービスをする余裕ができたのだろう。

 49人の中で、もう一度NPB球団のユニフォームに選手として袖を通すのは2~3人か。

 しかし彼らはトライアウトに出場して、一様に満足そうな顔を浮かべていた。終始温かい拍手が起こったのも心地よかった。筆者は仙台駅へ向かって、ゆっくりとイーグルロードを歩いて帰った。

#2につづく>

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記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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