酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
《乳児を抱く妻の姿も》“合格率5~6%”のトライアウト参加者が激減した理由と、家族席に現れた“意外な主砲”とは
posted2021/12/09 11:03
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph by
JIJI PRESS
12月に「12球団合同トライアウト」が行われるのは昨年に続いて2回目だ。会場はメットライフドーム。神宮球場で行われた2020年同様、非公開で行われた。
昨年を除いて毎年、トライアウトを見てきた。あの何とも言えない暖かな拍手を聞きたかったからだ。多くの選手にとって選手生活のピリオドとなるトライアウトに駆けつけ、惜しみなく拍手を送る人たちは、本物の野球ファンだと思う。
しかし、今年は昨年に続いてファンの姿がない。どんなトライアウトになるのか?
朝8時過ぎ、冷たい雨がそぼ降る中、トライアウトに参加する選手たちが三々五々、メットライフドーム受付に集まってきた。現役時代はバスでスタジアムに乗り付け、そのまま球場に入ったはずだ。用具類は用具係が別途搬入した。しかし今日は、グラブやスパイク、ユニフォームなどが入った重たい荷物を自分で引っ張って受付をしなければならない。参加選手は、まずそのことに、自らの境遇の変化を感じたのではないか。
10時半からトライアウト本番であるシート打撃が始まるが、その10分ほど前に、真っ白なダウンコートに身を包んだ、日本ハムの新庄剛志新監督が現れた。その後ろを黒いコートの稲葉篤紀GMも続く。ビッグボスの周りにはたちまち他球団のスカウトや関係者が集まって名刺を差し出している。昨年は選手としてトライアウトに参加した新庄監督だが、今年はにこやかな笑顔を振りまいている。
再契約される選手は事前に決まっているという
最初にマウンドに上がったのは広島の畝章真だった。広島の畝龍実コーチの息子だが、一軍実績はない。阪神の荒木郁也を二ゴロ、元DeNAの松尾大河に左前打を打たれ、元楽天の片山博視を遊飛に打ち取る。
畝のトライアウトはこれで終わり。十数球、わずか数分の挑戦だ。こうした投打の対決が延々と続いていくのだ。
もちろん安打を打たれた、三振を取ったという「勝負」の記録は残るのだが、その結果が重要なわけではない。
例年のトライアウトにおいて、その後球団に再契約される選手は、事前にだいたい決まっているという。「体が動くかどうか」最後の念押しで、トライアウトを受けることが多いのだ。
畝のように一軍で実績が皆無の選手は情報量が少なすぎるので、再契約は難しい。しかし畝はマウンドを降りて、ブルペンでクールダウンのキャッチボールをした後、にこやかに笑って一礼した。
5年前の新垣渚に見た「ピリオドを打つ儀式」の一面
実はトライアウトには「選手生活にピリオドを打つ儀式」という意味合いもある。