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中村俊輔が示し続けた「サッカーは技術と頭脳のゲーム」 横浜F・マリノス時代の“忘れられない90分間”「時代の流れに抗うかのように…」
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2022/10/28 06:00
2013年シーズン、横浜F・マリノス時代の中村俊輔
中村俊輔の“聖域”
コーナーは中村の独壇場。距離があろうと角度がなかろうと、止まったボールを蹴らせたら、彼の右に出るものはいない。
実際に、ピンポイントで味方に合わせて決定機を演出したかと思うと、今度はあの身体を思い切りねじる独特のフォームから強烈なスピンをかけ、直接ゴールを脅かす。一本目の“トラウマ”から、あらかじめ前に出ようとしていたキーパーの思考の逆を突く、実にいやらしい配球。こうなると敵は考え込むしかない。勝負事は敵を悩ませたら、なかば勝ったようなものだ。
この日、横浜は富澤清太郎と端戸仁のゴールで川崎を下したが、ふたつのゴールはいずれも中村の聖域、右コーナーから生まれた。
サッカーの90分は、「インプレー」と「アウトオブプレー」というふたつの時間に分けられる。前者はプレーが続いている時間で、後者はプレーが止まっている時間だ。中村は傑出した左足を最大限利用してゲームを支配したが、ヨーロッパで8年間揉まれたベテランはアウトオブプレーの時間でも絶大な存在感を見せた。
セットプレーでの“儀式”
このシーズンの横浜は中村34歳、中澤佑二35歳、マルキーニョス37歳、ドゥトラ39歳とベテランが多く、J1でもっとも平均年齢の高い陣容だった。これではボールが激しく飛び交い、選手がせわしなく走り続ける日本的なゲームには付き合えない。そこで中村は熟練の指揮者のようにアウトオブプレーの時間を巧みに利用し、アップテンポなゲームの流れをゆったりしたものに変えた。
コーナーキックやフリーキックを得ると、彼はさまざまな儀式を行なう。
負け、もしくは引き分けているときの終盤を除けば、急いでリスタートすることはない。ゆっくりとポイントに歩み寄り、腰をかがめてもったいぶるように左右のソックスを上げ、両手でボールをクルクルまわしてポイントに置き、微妙に何度も置きなおす。ボールの周りの足場を念入りに踏み固めることもある。ポイントによっては、もちろんボトルを手にして給水したり、味方となにやら耳打ちしたりもする。
中村があらゆるバリエーションを駆使して、目いっぱい時間をつかうのは、そうすることで息を整え、万全のコンディションで止まったボールという最大のチャンスに臨みたいからだ。勝っていれば、時間稼ぎにもなる。「早く始めなさい」と注意する主審はいるが、厳しく急かされることはなく、スタンドから強烈なブーイングを浴びることもない。