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「何で僕なんですか?」からスタートした織田裕二54歳の世界陸上…「ハイテンションぶりに違和感」「中継の邪魔」批判をはね返すまで

posted2022/07/27 11:04

 
「何で僕なんですか?」からスタートした織田裕二54歳の世界陸上…「ハイテンションぶりに違和感」「中継の邪魔」批判をはね返すまで<Number Web> photograph by BUNGEISHUNJU

1997年大会から世界陸上のメインキャスターを務めてきた織田裕二(54歳)。25年、13大会連続で中井美穂とコンビを組み、今大会が“最後の世陸”となる

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近藤正高

近藤正高Masataka Kondo

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BUNGEISHUNJU

「僕たちは今回で終わりますが、世界陸上はまだまだ続きますよ。来年ブダペスト、そして3年後は東京です。無観客だった東京オリンピック。3年後にコロナも戦争もなく、満員の国立競技場、そこに立つ超人たち、ぜひ、その目で確かめてください。地球に生まれてよかったぁー!」

 米オレゴンで開催されていた世界陸上が日本時間で7月25日(現地では24日)に閉幕し、その夜、TBS系で放送された大会の総集編を司会の織田裕二は上記の言葉で締めくくった。織田はTBSが世界陸上の独占放映権を獲得した1997年以来、25年間、13大会にわたりフリーアナウンサーの中井美穂とともにメインキャスターを務めてきた。それが今回をもって2人そろって卒業するということで、総集編も今大会だけでなくこの四半世紀の世界陸上を振り返る内容となっていた。最後の最後に叫んだ「地球に~」のフレーズは、2007年の大阪大会で織田が叫んで、おなじみとなったものである。

 織田が世界陸上のキャスターになった1997年といえば、彼のもうひとつの代表的な仕事である、のちに映画化もされてメガヒットとなるドラマ『踊る大捜査線』シリーズがスタートした年でもある。それ以前にも『東京ラブストーリー』などのヒット作があったとはいえ、“織田裕二”という俳優のキャラクターを決定づけたのはやはり『踊る大捜査線』と世界陸上だろう。

1991年の「ヘイ、カール!」がきっかけだった

 90年代は、オリンピックなどの国際的なスポーツイベントともなればテレビ各局が中継番組でこぞってテーマ曲を用意し、キャスターに芸能人を起用するなど、ショー化が進んだ時代であった。たとえば、ワールドカップバレーボールでは1995年、独占放送権を持つフジテレビの中継で、ジャニーズ事務所のアイドルグループがテーマ曲を歌い、芸能人が出演するようになる。これは、バレーボールファンだけでは全国的なムーブメントが起こせないという局側の危機感から生まれた。当時の日本バレーボール協会の会長・松平康隆は、それ以前からメディア戦略に力を入れてきただけに、フジテレビのこの提案に「そういうのを待っていたんだよ!」と大歓迎したという(「web Sportiva」2012年3月11日配信)。

 それ以上にエポックとなったと思われるのが、1991年に東京で開催された第3回世界陸上だ。東京大会の国内独占放映権は、すでに前回のローマ大会(1987年。第3回までは4年ごとの開催だった)の中継を成功させていた日本テレビがフジテレビとの熾烈な争奪戦を制して獲得していた。

 東京大会でとくに注目された種目は、米国のカール・ルイスとリロイ・バレルが世界新記録をめぐり激しく競い合っていた男子100メートルである。その決勝の中継では、このころ人気絶頂のアイドルだった宮沢りえのほか、「若貴ブーム」を巻き起こしていた大相撲の若花田と貴花田(のちに横綱となる若乃花・貴乃花)をはじめゴルフの青木功、新体操の山崎浩子、水泳の長崎宏子などといった現役のスター選手・元アスリートが多数ゲスト出演している。さらに大会全体を通しての総合司会には、当時15歳の俳優の西部里菜(のちにミュージシャンとなり音楽ユニットindigo blueなどで活躍)とともに長嶋茂雄が起用された。

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