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将棋PRESSBACK NUMBER
「今の藤井聡太さんはステフィン・カリーのような…」 NBA愛がガチな棋士・増田康宏六段が語る“現代バスケと将棋の共通点”
text by
北野新太Arata Kitano
photograph byArata Kitano
posted2022/03/26 17:01
インタビューに応じてくれた増田康宏六段。Number385号(マイケル・ジョーダン表紙)のオマージュだ
「それどころか、3ポイントショットの距離について独自の考えを広めた人でもあるんです。昔の常識では、打つ場所はラインのすぐ後ろからでしたよね。距離が遠ければ遠いほど確率は下がるというのは当たり前の事実ですけど、シューターの技術が向上してレンジが広がっているならば、ラインの遠くからでも打つべきだという発想に転換したんですね。
ご存じのように、現代のNBAではラインから離れた場所、時にはハーフライン付近から3ポイントを打つ選手もそんなには珍しくなくなりましたよね。モーリーの考えは既成概念そのものを変えたわけです」
既成概念からの脱却は、同じ勝負師として刺激を受ける?
――既成概念からの脱却は、同じ勝負師としては常に考えているであろうテーマとも沿うのではないでしょうか。
「そうなんですよ。棋士として学ぶところがあるんです。僕が詰将棋とか『次の一手問題』をやらないのも、ある意味では同じことです。人によるとは思うんですけど、僕にとっては『効率の悪いこと』なんですね。詰将棋のような局面が実戦で現れることは稀ですし、そもそも実戦で詰まさなきゃいけないという局面はほぼないです。
無駄を排除していかなきゃいけない日々の中で、どうして詰将棋を解くことに時間を掛けなくちゃいけないかが僕には分からないんです。『強くなるために詰将棋を解く』というような常識的な考え方は、いずれ通用しなくなる時が来るはずだと僕は思うんです」
――余地のない合理性が求められる時代に移行してきているように感じます。
「僕はコンピュータソフトが強くなり始めた2015年くらいから研究にソフトを用いてきました。あの頃はまだ自分と千田さん(翔太七段)くらいしか導入していなかった。だから、ソフトで研究した戦略で対局に臨むと相手が驚いたりするようなこともありましたけど、今では普通に誰でもAIを研究に使っています。
移行期の過程で藤井聡太さんが活躍して『ソフトを使ってます』ということになって、さらにみんなが使い始めた。みんなが使えば当然、使うだけでは勝てなくなる。今はAI自体も進化しているし、棋士それぞれのAI研究のレベルも上がっているので、同じような手を指し続けることは自殺行為以外の何物でもありません。ならばどうするか。『変えていくこと』と『増やしていくこと』なんだと思います」
藤井さんは序盤で何を指してくるのか読み切れなくなった
――突き抜けるのが困難な時代において、藤井さんは10代で五冠に達した。選択肢が変わり、増えている、ということなんでしょうか。
「藤井さんは変えてきています。以前は指さなかった相掛かりを昨年から指すようになって、相手は序盤で何を指してくるかが読み切れなくなった。ただでさえ、角換わりや矢倉でも変化が多すぎて読めなかったのが、さらに選択肢が加わって対応は難しくなりました。将棋に対する藤井さんの姿勢は、局面における最善手を追究するということで変わりませんが、盤上はより複雑になっています。
藤井さん相手に序盤から形勢を悪くしたら終わり、という感覚は誰でもあるので相手としてはキツいです。(対局する側としては)序盤に対応し切れなくなっているのに、中終盤は圧倒的に強い。序盤研究を深めながら中終盤の強化も、という両方を追い求めるのはなかなか厳しいです。だから勝つことが非常に難しくなっているんです」