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将棋PRESSBACK NUMBER
「今の藤井聡太さんはステフィン・カリーのような…」 NBA愛がガチな棋士・増田康宏六段が語る“現代バスケと将棋の共通点”
text by
北野新太Arata Kitano
photograph byArata Kitano
posted2022/03/26 17:01
インタビューに応じてくれた増田康宏六段。Number385号(マイケル・ジョーダン表紙)のオマージュだ
「10年くらい前でしょうか、奨励会三段の頃から観始めました。さすがに1試合全部観るのは難しいので、ハイライトとかをチェックするようにしています。自分はちょっと変わってて、プレイヤーのパフォーマンスよりもむしろチームの内情とかの方に興味があるんです。特に日本人選手の動向を追いかけているわけでもないですし、バスケというスポーツで括ると『SLAM DUNK』も読んだことない。プレイヤーで好きなのはハーデンですけど、常に動向が気になるのはダリル・モーリーですね」
――モーリー……? すいません、聞いたことがあるようなないような……。
「いやいや、シクサーズのバスケットボール運営部門代表ですよ。今回のハーデンの移籍を粘りに粘った末に実現させた人でもあります。もともとは門外漢といいますか、コンサルティングの会社に勤めていたような人なんですけど、NBAに関わって以来、統計データを用いた手法でリーグ全体に変化をもたらしてきた人なんですね。メジャーリーグで言えば『マネー・ボール』のビリー・ビーンのような人物です。
2002年にセルティックスの運営側に入って、07年から20年まではロケッツのゼネラルマネージャーを務めました。それこそ主にハーデンがエースとして君臨した時代なんですけど、13年間の通算成績で見ると、ロケッツはスパーズに次いで全チーム2位の勝利数を上げてるみたいなんですね。チャンピオンには到達できなかったのですが、ずっと中堅止まりだったチームを強豪に育てて、安定した結果を継続したことは驚くべき実績だと思います」
NBAのデータ分析と将棋のAI研究の流行は全く同じ
――統計データを用いた手法っていうのはどういうことなんでしょうか。
「データを使うことでスカウティングの段階から変革したんですよ。それまでは常識として尊重されていた『平均得点と平均リバウンドのスタッツが高いから良い選手だ。だからドラフト指名しよう』というような前提的な考えを疑ったんです。例えば『それらのスタッツは平均プレイタイムと掛け合わせたら、別の数値になるのではないか。1本のリバウンドを獲るために何分何秒を要しているかが重要だ』というような視点です。
スピードというカテゴリーなら『走る速度よりも踏み出す一歩目のスピードを計測する方がバスケットにおいては重視されるべきだ』というような考え方を持ち込んだわけですね。モーリーの獲得する選手が成功を収めていったことで、他のチームも次第にスカウティングでより深いデータ分析を採り入れるようになったみたいなんです」
――現代の将棋界におけるAI研究の流行みたいな話ですね。合理性を重視する思想がやがて常識化されていく。
「全く同じなんです。で、モーリーってコート上のプレイにおいても既存の常識にはなかった斬新な考えを導入したんですよ。最も大きな変化は3ポイントショットの激増ですね。10年くらい前まで、NBAのセットオフェンスの基本的な選択肢ってミドルレンジのジャンプショットでしたよね。
3ポイントは職人による職人技であり、飛び道具のような立ち位置が続いてましたけど、統計学的に中距離シュートは確率の割に効率が良くないことにモーリーは着目したんです。離れた位置から2ポイントを打つくらいなら3ポイントの方が加点効率はいいと。2ポイントならジャンプショットよりドライブからのレイアップやダンクの方が確率は高い、だから頻度を増やすべきだという思想も同時に進めたんです」
――言われてみれば、考え方として仰る通りにも聞こえます。