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キタサンブラックは“天賦の才能に恵まれた馬”だけど「甘えてくる可愛い面も…」 騎手と調教師が明かした、歴史的名馬の“素顔”
text by
石田敏徳Toshinori Ishida
photograph byPhotostud
posted2022/03/16 17:00
菊花賞を皮切りに、GI7勝を挙げた名馬キタサンブラック
「出足がつかずに後ろから進んだ新馬のレースぶりは調教のイメージ通りで、2戦目も同じような競馬になると思っていたんです。それがあのときはポンとゲートを出て2番手につけた。1回、実戦を経験しただけでこれだけ競馬を覚えるのか、この子、凄いなと思いながら見ていました」
結果は後のダービー2着馬サトノラーゼンに3馬身差をつける完勝、続くスプリングSでは世代屈指の強豪リアルスティールの追撃を封じて重賞初制覇を果たす。無傷の戴冠に挑んだ皐月賞は完敗の3着、ダービーは14着に大敗とほろ苦い挫折も味わったが、1月末にデビューした馬が有力候補として春の2冠に駒を進めたこと自体、近年では稀有な“快挙”といえた。
“素質だけ”の走りから“本当の輝き”へ
ただ、「彼のジャッジは本当に頼りになる」と、清水調教師が全幅の信頼を寄せる黒岩騎手の見立てはあながち、間違っていたわけでもなかった。今から振り返れば3歳の春は“素質だけ”で走っていたようなもの。大きな器が本当の輝きを放ち始めたのは秋以降のことだった。
夏休みを挟んで栗東に帰厩した秋、キタサンブラックの状態はなかなか上向いてこなかった。春の疲れを癒すため、「完全に緩めた」馬体にはだいぶ余裕があり、調教を重ねても良化のスピードが遅々としていたのだ。そんな状態でもセントライト記念を快勝。始動戦の内容次第で決めることになっていた秋の進路は菊花賞に定められる。快足種牡馬サクラバクシンオーを母の父に持つ血統がことさらにクローズアップされたレース前だが、調教の走りから浮かぶ連想は紛れもなく長距離馬。3000mの距離については清水調教師も黒岩騎手も「まったく心配していなかった」と口を揃える。
とはいえ、長丁場が未知の領域であることもまた確か。これを乗り越えるためには折り合いをしっかりつける、スタミナを強化するという2つのアプローチがあるが、清水調教師は後者を意識して「あの馬しかやっていない」調教メニューを組んだ。
菊花賞制覇を生んだ“ハードすぎるトレーニング”
「カルストン」の冠名で知られる馬主・清水貞光氏を父に持つ清水調教師は少年時代から競馬に親しんで育った。自然と騎手に憧れた彼は中学入学後、「体重の減量が目的」で陸上部に入る。その陸上部は当時、大阪市の駅伝大会を10連覇していたほどの強豪で、練習内容も過酷だった。
「200mのトラックを60秒で1周、それを毎日80周走らされるんです。本当にキツい練習でしたが、監督の先生はよく、『相手より上の練習をしなければ、自分より強い相手には勝てない』と話していました」
そんな原体験を持つトレーナーは現在の主流となっている坂路調教ではなく、平地のウッドチップコースで「長い距離をじっくり乗る調教」を柱に据え、キタサンブラックをハードに鍛えてきた経緯がある。菊花賞に向けてはその内容をさらに濃くした。毎日の乗り込む距離を、従来の2周から2周半に延ばしたのだ。
「ウッドを2周というメニュー自体、最近では珍しいのに2周半なんて聞いたことがありません(笑)。もともと、ハードだったところにプラスアルファが加わったわけです」と黒岩騎手。こうして臨んだ菊花賞では新馬戦以来の中団待機策から息の長い末脚を繰り出して快勝、北島三郎オーナーに初のGIタイトルを贈ると、暮れの有馬記念では小差の3着に逃げ粘った。