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「嫌われた審判」の引退試合に“最高のサプライズ” 異例の釈明会見、無言電話…家本政明はあの大バッシングをどう乗り越えたのか?
posted2022/01/13 17:00
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
J.LEAGUE
最後の最後に、求めていたものに出会えた気がした。
これまでの試練も逡巡も、この日のためにあったとさえ思えた。
サッカー競技規則の「理念と精神」には心に刻んできた3つの文言がある。
「最高の試合とは、競技者同士、審判、そして競技規則がリスペクトされ、審判がほとんど登場することのない試合である」
「サッカーは、競技者、審判、指導者にとって、また、観客、ファン、運営者などにとっても魅力的で、楽しいものでなければならない」
「IFABは、審判が競技の『精神』に基づき判定を下すよう求めている」
48歳、家本政明の体内を爽快感が駆け巡っていた。
プロフェッショナルレフェリーを卒業する感慨がそうさせたわけではない。2021年12月4日、日産スタジアムで主審を担当した横浜F・マリノスと川崎フロンターレの最終節はまるで消化試合の気配など微塵もなく、スタイルとプライドがぶつかって生まれるハーモニーを壊すことなく90分間が過ぎ去った。
あれから時間が流れても、瑞々しいほどの余韻が残っていた。
「最高に素晴らしい映画を見終わったような心地良さがありました。ああ、これだよなって思えたんです。選手も、観客も楽しかったに違いないし、そしてレフェリーである僕自身も本当に楽しかった。両チームの持ち味が出ていて、凄く魅力的でもありました。もし後輩にどの試合が審判として理想だったかと聞かれたら、絶対にこれだと伝えます」
最後の試合で、最高のサプライズ
2002年からJリーグを担当して20年目。J1で338試合、J2で176試合、J3で2試合、主審を任された。
サプライズが待っていた。
横浜F・マリノスと川崎フロンターレの選手たちが花道をつくってくれた。拍手に包まれてそのなかを通り、両チームのキャプテンから記念ユニフォームを、妻と2人の子供たちから花束を受け取った。
F・マリノスから今回、家族が招待を受けて「簡単に記念写真を撮りましょう」と伝えられていたが、両チームの選手が入っての大掛かりな写真撮影があるとは聞いていなかった。
スタンドには「家本さんJリーグの魅力を高めてくれて有難うございました!」「いえぽんお疲れ様でした 次の笛をさあ吹こう!」と横断幕が掲げられる。
パパ、凄いね。子供たちの声に、思わず顔がほころんでしまう。
こんなフィナーレが待っているとは、夢にも思わなかった。
審判は中立な立場ゆえにクラブから招待となると中立性を損なうなどと、お堅い人は言うかもしれない。いやいや、ピッチを離れていく功労者にリスペクトを示すのは、スポーツの素晴らしさ。Jリーグ、そしてクラブの枠を超えた配慮に家本は感謝した。Jリーグでレフェリーをやってきて本当に良かったと、心から誇りに思えた。