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「トルシエ監督解任 W杯ベンゲル氏に」朝日新聞やNHKが確定的に報じた《解任》をトルシエはどう切り抜けたのか
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byNaoya Sanuki
posted2021/11/10 11:06
日本代表監督として、その去就も含めて様々な話題を振りまいたトルシエ氏。その横にはいつも通訳のダバディ氏がいた
翌日からメディアをあげての報道合戦が始まった
翌日からはスポーツ新聞が加わって、メディアをあげての報道合戦が始まった。トルシエのコメントを取ろうと、テレビや新聞などが大挙して彼が住むマンションに押し掛けた。建物の前で、トルシエが出てくるのをひたすら待っている。もちろんトルシエは、じっと家にこもったままである。狂乱は数日で収まったものの、幾人かの記者がトルシエ番として彼のマンションを見張るのが日常化したのだった。
これにはトルシエが驚いた。ヨーロッパはもちろんアフリカでも、記者はそんなことをしないからだ。電話をかけてコメントを取るか、アポを取り直接会って話を聞くか。
「私が喋らないのはわかっているはずなのに、彼らはそのためだけにわざわざやって来る。どうしてそんな無駄なことをするのか」
自宅の呼び鈴が日に何度となく押され、妻のドミニクが買い物に出かけた際も、記者が通訳を介して質問を投げかける。トルシエには理解できないメンタリティーであった。
ベンゲルの側の裏は取ったのだろうか?
私が違和感を覚えたのは、ベンゲル招聘が決まりであるかのように伝えられたことだった。原稿を書いたであろうと思われる朝日の記者に尋ねると、裏は取ったから間違いないという。それは日本サイドの裏であって、ベンゲルの側の裏ではないだろう。もしベンゲル本人に直接取材していたら、彼が日本に来るなどとは絶対に書けない。ベンゲルにその気がないことは、彼と継続的にやりとりをするなかで肌で感じていた。
アーセナルの仕事と日本代表の仕事では、彼にとってどちらが大事か。優先順位は明らかだった。ただ、トルシエとは異なり、誰に対しても友好的なベンゲルは、決してはっきりノンとは言わない。しかも愛着を感じている日本である。無理だとわかりながらも、日本の役に立てる可能性を残しておきたいと考えても不思議ではなかった。