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「トルシエ監督解任 W杯ベンゲル氏に」朝日新聞やNHKが確定的に報じた《解任》をトルシエはどう切り抜けたのか
posted2021/11/10 11:06
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph by
Naoya Sanuki
日本人唯一のバロンドール投票権を持つサッカージャーナリスト・田村修一氏が書き下ろした新書『凛凛烈烈 日本サッカーの30年:人は、プレーは成熟したのか』 (早稲田新書) が話題になっている。30年にわたり取材を続けてきた田村氏だが、特に得意のフランス語を駆使して、フィリップ・トルシエ氏やイビチャ・オシム氏などとは深い信頼関係を築いてきた。そこで見聞きしたことを含め、日本サッカーのウラ側を赤裸々に描いているのだ。今回はそのなかでトルシエ氏の日本代表監督就任と「解任騒動」の際の舞台裏を描いた章を紹介する。<全2回の2回目/「日本代表監督就任」編から続く>
「今日は、メディアはどう伝えているのか。何か新しいことはあるのか?」
耳にした携帯の向こうから聞こえてくるトルシエの声は沈んでいる。私も声を潜めて彼の問いに答える。
「いや、特に何もないです。そちらの様子はどうですか?」
「早朝から記者たちが家の前で張っているから外出もできない」
こんなやりとりを、私たちは何日も続けていた。毎朝、トルシエに電話をかけて、その日の新聞に何が書かれているかを知らせる。トルシエは自分の状況を私に説明する。明るい話題はまったくない。ふたりとも手短に報告し合うと、暗い気持ちで電話を切る。その繰り返しだった。
「トルシエ解任」を朝日新聞、NHKが報じた
トルシエは、日本協会からの知らせを待つだけのまな板の上の鯉。そんな彼を、私もただ見ていることだけしかできなかった。
トルシエ解任の報が流れたのは、日本がソウルでの韓国との親善試合に敗れた2日後、2000年4月28日のことだった。朝日新聞が朝刊の1面で報じ、NHKの朝のニュースがそれに続いた。新聞の見出しは「サッカー日本サッカー代表トルシエ監督解任 W杯はベンゲル氏に」であり、6月で契約が切れるトルシエとは契約延長をせず、ベンゲルを次期代表監督候補に絞り最終調整に入っているという内容だった。
朝日がスクープし、NHKがそれに続く。これほど確実な事実はない。ところが日本協会は正午に、朝日の報道を「事実無根」とする会見を開き、解任を否定した。しかし夕刊では読売と毎日も朝日の後を追い、「トルシエ解任」は既成事実として一気に加速化していった。