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「トルシエ監督解任 W杯ベンゲル氏に」朝日新聞やNHKが確定的に報じた《解任》をトルシエはどう切り抜けたのか
posted2021/11/10 11:06

日本代表監督として、その去就も含めて様々な話題を振りまいたトルシエ氏。その横にはいつも通訳のダバディ氏がいた
text by

田村修一Shuichi Tamura
photograph by
Naoya Sanuki
「今日は、メディアはどう伝えているのか。何か新しいことはあるのか?」
耳にした携帯の向こうから聞こえてくるトルシエの声は沈んでいる。私も声を潜めて彼の問いに答える。
「いや、特に何もないです。そちらの様子はどうですか?」
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「早朝から記者たちが家の前で張っているから外出もできない」
こんなやりとりを、私たちは何日も続けていた。毎朝、トルシエに電話をかけて、その日の新聞に何が書かれているかを知らせる。トルシエは自分の状況を私に説明する。明るい話題はまったくない。ふたりとも手短に報告し合うと、暗い気持ちで電話を切る。その繰り返しだった。
「トルシエ解任」を朝日新聞、NHKが報じた
トルシエは、日本協会からの知らせを待つだけのまな板の上の鯉。そんな彼を、私もただ見ていることだけしかできなかった。
トルシエ解任の報が流れたのは、日本がソウルでの韓国との親善試合に敗れた2日後、2000年4月28日のことだった。朝日新聞が朝刊の1面で報じ、NHKの朝のニュースがそれに続いた。新聞の見出しは「サッカー日本サッカー代表トルシエ監督解任 W杯はベンゲル氏に」であり、6月で契約が切れるトルシエとは契約延長をせず、ベンゲルを次期代表監督候補に絞り最終調整に入っているという内容だった。
朝日がスクープし、NHKがそれに続く。これほど確実な事実はない。ところが日本協会は正午に、朝日の報道を「事実無根」とする会見を開き、解任を否定した。しかし夕刊では読売と毎日も朝日の後を追い、「トルシエ解任」は既成事実として一気に加速化していった。