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「くまのプーさんみたい」なのに人類最強だった皇帝ヒョードル カメラマンが見た“60億分の1”のリアル「氷の拳で背筋が…」
posted2021/11/07 17:01
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph by
Susumu Nagao
「人類最強の男」「60億分の1」「氷の皇帝」……。
これらはすべて、エメリヤーエンコ・ヒョードルの通称である。日本最大の総合格闘技団体「PRIDE」。彼は常にその中心にいて、強さの象徴とされた。それまでのPRIDEヘビー級戦線は群雄割拠の様相を呈していたが、2002年にヒョードルが登場したことにより、一気に様変わり。彼は他者を寄せ付けないほど圧倒的で、絶対的な強さをもつ、完成された選手だった。それは2007年にPRIDEが終焉を迎えても変わらなかった。ヒョードルは2000年から約10年間無敗(高阪剛戦のアクシデントによるTKO負けを除く)を続け、まさに世界最強の男の称号を手にしたのだ。
リングに垂直落下してもノーダメージ
ヒョードルの身長は183センチ、体重は105キロ前後。ずんぐりむっくりの体型で、私が彼を初めて見たときは、くまのプーさんみたいな印象を受け、さほど強さを感じなかった。筋骨隆々の強者が集うヘビー級の中では、明らかに体格は劣っていた。だが、ひとたび試合が始まると、その印象は一転する。
ヒョードルは柔道ロシア選手権、サンボヨーロッパ選手権などを制した実力者である。投げ技・寝技ともに力強く、加えて打撃のパワーとスピードは、MMAファイターとは思えないほどのセンスがあった。その中でも、相手を殴るパウンドの破壊力は凄まじかった。上から振り下ろすパンチはズシリと重く、相手選手の呻き声や嗚咽と共に、汗と血が入り混じった体液がレンズに付着したことは、一度だけではなかった。
ヒョードルの強さは攻撃力だけではない。2004年6月のケビン・ランデルマン戦で、私は彼のディフェンス力と体幹の強さをまさしく目の当たりにした。撮影する私との距離は1メートルあまり、ヒョードルはバックドロップ(投げ技)で頭から垂直に落とされたのだ。「ドスン!」と、その衝撃でリングが波打つほど。しかし、彼は何事もなかったかのように試合を続け、アームロックで勝利した。後に判明したことだが、ヒョードルは落下寸前に身体を反転させ、頭からではなく肩から落ちるように「受け身」を取っていたのだ。わずか1分33秒の出来事だった。
ヒョードルは試合中も、その前後も、感情を表に出すことはない。試合直前、彼は自分の手で下半身、上半身、顔の順番でポンポンと軽く叩き、リングへと上がる。その後は微動だにせず、じっとコーナーで試合の開始を待つ。選手紹介のコールを受けたときは、右手を小さくあげて、場内の観客へ軽く挨拶。テレビカメラを意識することもなければ、対戦相手を威嚇することもしない。淡々と落ち着き払っているのだ。勝ち名乗りを受けるときも、満面の笑みを見せることはない。常に冷静で、ぶれないのである。