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「藤井さんの対局は特に見ていますが…」 羽生善治との竜王戦で見せた豊島将之の温かさと《名人経験者が戦慄した“豊島の鏡”》とは
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by日本将棋連盟
posted2021/10/30 06:00
第34期竜王戦第2局の豊島将之竜王。藤井聡太三冠に対してどのような戦いを見せるか
豊島が大事にしているのは、前進しているという感覚だ。けれど、前述の3人がさらに自分の前を行っているという危機感に身を焦がされている。それを振り払うためには、誰よりも勉強するしかない。
防衛の翌日に何をしたのか何気なしに尋ねると、「さすがに休もうと思ったのですが」と伏し目がちに言う。2日後に控えたA級順位戦の作戦はすでに練ってあった。それでも「練り直したくなったので」、盤に向かった。その甲斐あって勝利し、首位戦線に踏み留まっている。
名人経験者・佐藤天彦が戦慄した《豊島の鏡》とは
豊島の研究を脅威に感じている棋士は多い。昨年の緊急事態宣言下、豊島は自宅で研究する際に、将棋盤のそばに鏡を置いていた。自分の姿を映して、さぼらないように気を引き締めていたのだ。その話を聞いた佐藤天彦九段は「そこまでするのか」と戦慄を覚えたという。
AIを使った研究合戦は極北に近づいている。
「消耗が半端ない」「盤に座る前から疲労を感じている」という声をトップ棋士から聞くようになった。豊島も「年々、大変になっている」とは言うが、「自分を追い込んでいる感覚はないし、対局前から疲れることはないですよ」と苦笑する。
AI中心の研究に疑問を感じるようになり、緊急事態宣言時にオンラインで研究会を再開した。稲葉陽八段をはじめとして、何人かの棋士に豊島から声をかけたという。昨年6月からは名人戦が始まり忙しくなったので、現在まで休止したままだ。
そして豊島はまた、新しい研究に挑もうとしている。
「'20年は、タイトル戦を3つ戦って多くの発見があり、一人でやってみたい勉強ができました。今後はそれに取り組みます」
そしてこう続けた。
「他のタイトルホルダーと差があると言っても、それは紙一重です。何かを改善すれば押し戻せる感覚はあるんです」
明日は今日より1ミリでも前に進みたい。豊島の胸中にあるのは、これだけなのだ。
豊島将之Masayuki Toyoshima
1990年4月30日、愛知県生まれ。桐山清澄九段門下。2007年四段。'19年九段。タイトル戦登場は13回。獲得は竜王2期、名人1期、王位1期、叡王1期、棋聖1期の計6期。棋戦優勝は3回。将棋大賞'18年度最優秀棋士賞。'14年度、'19年度名局賞。著書に『豊島の将棋 実戦と研究』など。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。