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13年前、中日スカウト部長のため息…落合博満「すぐに使える選手が欲しい」と星野仙一「スカウトは10年先のチームを見ろ」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2021/10/23 17:02
04年から11年まで中日の監督を務めた落合博満。すべての年でAクラス入り、セ・リーグ優勝4回、日本シリーズ優勝1回を果たした
中田は1979年に、投手として日本体育大学からドラフト外で入団した。5年で現役を引退すると、翌年からスカウトになった。それからずっと胸に刻んできた言葉がある。
「スカウトは10年先のチームを見て仕事をしろ」
すぐに戦力にはならなくても、可能性を秘めた素材を見つけて現場に大きく育ててもらう。それがやがてはチームの血肉になる。
だが、落合は監督に就任すると、中田にこう言った。
「すぐに使える選手が欲しい。勝つための戦力を取ってくれ」
振り返れば、中田の危惧はそのときから始まり、年々膨らんできた。そして、この2008年シーズンには、それが現実のものになっていくのだった。
「いいんじゃないか、苦しめば。これが現実だもん」
初夏の陽射しは午前中から容赦がなく、温度計の数値をぐんぐん上げていた。
中田はその日、球団事務所でスポーツ新聞を広げていた。昼間のオフィスはひっそりとしていて、低く唸るような冷房の風音だけが聞こえていた。
スカウトが所属する編成部のシマはフロアの一番奥にあった。経理や営業など他部署と離れた一角につくられているのは、機密情報を扱うという性質があるからだ。
編成部のデスクにいるのは中田だけだった。机はスカウトの人数分だけ並んでいたが、もう何日も空席だった。野球シーズンが始まれば、球界の目利きたちは球場から球場を渡り歩く。中田もずっとそうやって机を必要としない生活をしてきたが、スカウト部のトップとなった今は、週に一度は事務所で情報収集するようにしていた。
全国紙からスポーツ紙まで、あらゆるアマチュア野球記事に目を通していると、同時に嫌でもプロ野球面の見出しが目に飛び込んでくる。
『中日、早くも自力優勝消滅――』
その日、7月10日の見出しはチームの異常事態を告げていた。
シーズン折り返しとなるオールスター戦の前だというのに、すでに中日は首位阪神に13ゲームもの差をつけられ、ペナントレースの優勝はほとんど絶望的な状況になっていた。こんなことは落合が監督になってから初めてのことだった。
「いいんじゃないか、苦しめば。これが現実だもん――」
見出しの脇には、落合のコメントが載っていた。相変わらず遠くからチームを俯瞰しているような物言いだった。
「ポジションは8つ埋まっています」
中田は、危惧していたチームの崩壊がもう始まってしまっているような気がした。それは目先の勝ち負けという問題ではなく、この球団の根っこに関わることであった。
前年に53年ぶりの日本一をもたらした落合は、この2008年シーズンのキャンプ初日、第一声でこう言った。