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地味でミスが多くても、バイエルンで長く活躍できる理由…トーマス・ミュラーはなぜ「オフザボールの王様」と呼ばれるのか
text by
中野吉之伴Kichinosuke Nakano
photograph byGetty Images
posted2021/10/13 17:00
決して技術は高くなく、メッシやC・ロナウドのような華やかさもないものの、ミュラーはバイエルンの象徴として輝きを放ち続けている
パスをもらうためだけに動いているわけではない
また興味深いのが、ミュラーは中盤で“あえて相手の視野に入る”点だ。通常、攻撃的な選手は、自分がどこにいるかを知られないように相手の死角に入ろうとする。その動きは、特にゴール前の局面ではとても重要になる。
ただし、チャンスを作り出すには、チャンスを作りやすい状況を作ることが前提になる。例えば右サイドでボールを受けて相手が対峙したとき、それ以外の情報がなければ、相手はそのまま距離を詰めて1対1の状況へ持ち込もうとするはずだ。
しかし、味方が近くでパスをもらおうとしていたら、相手はパスを警戒してうかつに飛び込めなくなる。結果、ボールを持っている選手には時間的、空間的な余裕ができるわけだ。
ミュラーはそのために、あえて相手の視野に入る。パスをもらうためだけに動いているわけではない。ボールに触れることなく、攻撃の構築に関わっているのだ。
ミュラーは、どうすれば自分たちに有利な状況になるかを常に考えながらポジションを取り続けている。ドイツメディア『SPOX』のインタビューでこう言っていた。
「僕は戦術的部分でうまく育成されてきた選手で、ピッチ上でどんなふうに試合が動いているかを常に見ている。そこまで多くボールに関わっていないこともある。でも僕は辛抱強く、正しい瞬間を待つことができるし、そこからゴールへ向かってアクションを起こす瞬間を探し続けているんだ」
ゴールだけでなくアシストも多い
ゴールから逆算したポジションを取り、どこへ、どのようにボールを運んだら決定機へのルートを作れるかがわかっている。味方へ大声で指示を出し、「ここ!」というタイミングを作り出せるから、ゴールだけでなくアシストも多い。2019-20シーズンにはブンデスリーガ史上最多となる21本のアシストを記録している。
シナリオは、パスをもらう前に出来上がっているのだ。だから、ミュラーのパスはダイレクトが多い。相手はミュラーへパスが入った瞬間に対応しようとしても手遅れである。
ミュラーがプロデビューしたころ、バイエルンでアシスタントコーチを務めていたヘルマン・ゲーランドが、当時の会長であるウリ・ヘーネスにこう話したという。
「サッカーを理解して、いつでもゴールに関われれる選手だ」
自分が動くことで、あるいは動かないことで、どこにスペースが生まれ、どんな展開になるか見通して動ける希少な選手。プレーインテリジェンスが大切だということは多くの人が理解していると思われるが、ミュラーのプレーは、まさにそのお手本と言える。
トーマス・ミュラーは、サッカーの奥深さを教えてくれる選手である。