炎の一筆入魂BACK NUMBER
「今は偶然、奇跡に近い感じ」カープ鈴木誠也が6試合連続本塁打と絶好調でも危機感を抱き続ける理由とは
text by
前原淳Jun Maehara
photograph byJIJI PHOTO
posted2021/09/13 11:03
カープでは09年以来となるキャプテン制で、野手のリーダーに指名された鈴木。投手のリーダーは大瀬良大地が務める
「心」の部分は、東京五輪が転機となった。
「野球本来の楽しさを久々に味わった気がした」
国を背負い、戦う短期決戦。1球、1打の重みが増し、感情は自然と表に出る。個人的には打てない悔しさも残る大会となったが、チームの結果がすべて。チーム全体がチームのためにすべて捧げる集団だった。結果が出ない中でも、グラウンド内外でチームメイトに支えられた。
「野球を楽しむのが、僕のスタイル。侍を通して、本当の自分らしさを感じた」
広島では、今季から野手の主将としてチームを背負う立場となり、どこかで背伸びしていたのかもしれない。打ち取られれば悔しさを飲み込み、打っても感情を隠していた。
「イチローさんや前田さんのように自分を持っている人も格好いいと思うし、憧れる部分もあったんですけど、自分は『ザ・仕事人』というタイプじゃない」
打って喜び、チームメートの活躍にはもっと喜ぶのが鈴木誠也であり、打ち取られたときに怒りをあらわにするのもまた、鈴木誠也なのだ。東京五輪、侍ジャパンが、原点に立ち返らせた。
打撃大爆発の後半戦
「心」と「体」の高まりが、開幕から磨き続ける「技」の吸収を促進させ、高みへと押し上げたのかもしれない。9月12日までの後半戦26試合で、打率.337、13本塁打、26打点。OPS1.303。特に9月は手を付けられない状態になっている。
前半戦のワクチン接種によるアクシデントがなければ……とも思うが、その経験があるからこそ今があるのかもしれない。これまでもそうだった。ケガや不振の時期をただ乗り越えるのではなく、進化して越えてきた。崩れながら、折れながら、積み上げてきた心技体はより強固なものとなった。
そしてなお、変化を求める。
「日々、新しいものを取り入れてやっている感じですけど、本当に今は偶然、奇跡に近い感じなので、これが続くと思わない。しっかりとやっていきたい」
好結果が出ているだけでなく、打撃内容もいい現状にとどまり、一つの形に収まることを進言されても、鈴木は立ち止まらない。「打者というのはいい状態を継続しようとすると、それは続かなくなる」。周囲のものさしと、鈴木のものさしは違う。打撃の答えはひとつではない。そして、バットを置くまで、その答えは見つからないかもしれない。
高い理想を描いているからこそ、自然と自己評価は厳しくなる。突き動かすエネルギーは、周囲に称賛される記録や数字よりも、周囲の記憶には残らない一つの凡打やファウル、空振りなのかもしれない。