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「リーグ最低の先発投手」を覆して菊池雄星が覚醒に至るまで “MLBオールスターに出る”目標設定と「すべてをぶっ壊した」挑戦
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph byNaoya Sanuki
posted2021/07/15 17:01
2019シーズン開幕前の菊池雄星。キャンプ時点で衝撃を受ける出来事があったという
オールスターに出る、という目標設定
「リーグ最低」という見られ方に抗う気持ちはなかった。
「抗おう、見返してやろうというのは、もともとあんまり好きじゃないんです。ネガティブな考え方というか、あまりいいエネルギーにはならないと思っていまして」
見返すことが目的になると「承認されるかどうか」が唯一の物差しになってしまう。そうなると、向かうべき方向や練習を間違えてしまう可能性も高まる。
それよりも、今からでも考え方をアップデートしよう。
そう思った。高校時代から止まったままの時計を、いまこそ思い切って進めなければならない。菊池は新しい目標を設定した。
オールスターに出る――。
「わかりやすい気がしたんですよね。オールスターに出るということは、要するにあらゆる面で世界トップの投手の中に入るということ。一番最低のところからそこを目指せるというのも、自分にしかできないのかなと」
それだけ高い目標を掲げたことで、割り切ることもできた。
「すべてをぶっ壊す。そう決めました」
できないことをあきらめてこそ、できることが
「すべて」とはつまり、グラウンド内の取り組みだけではない、ということだ。
まだ、シーズンが終わったばかりでもあった。菊池はプレー自体に手をつける前に「土台作り」から取り掛かった。5人のスタッフを雇い、プレー以外のことを分業する体制を敷いた。
「それまでは、なんでも自分でやろうとしていたし、それが人間としてもいいんじゃないかと思っていたんですが……」
スケジュールの管理。体調の管理。取材対応の受け付け。そういったあたりは、自分の得意分野でもなければ、世の中から期待されていることでもない。それよりも、自分だからこそできることに注力する。できないことをあきらめてこそ、できることはある。そう考えた。
投球フォームを“壊す”ための情報収集
「すべてを壊す」の中心は、やはり投球フォームだ。
とはいえ、28年間をかけて築いてきた選手としての屋台骨。壊すにしても、慎重を期する必要はあった。
「まずは情報収集をしました」
自分の投球フォームはどうなのか。あらゆる専門家をあたり、意見を聞いた。投球の動作解析を専門とする企業。生物の構造から動作を分析するバイオメカニクス(生体力学)の専門家。自分の投球を撮影した動画も片っ端から見直した。
結論として、左腕がかなり下がってしまっていることが問題、となった。まさに、痛む左肩をかばって投げた結果だった。
11月から投球練習を開始。すべての投球を動画で撮影しながら投げた。
「でも、上がらないんですよね。分かっていても。でも、1球1球フォームを確認したことで、多少意識した程度では変わらない、ということは分かりました」
頭の真上で腕を振るような、極端なイメージを持った。それでようやく、理想的な位置まで左腕が上がってきた。
迎えた2020年シーズンのキャンプイン。
シアトルの地元紙記者が、フォームの変化に驚いた。彼がツイッターに上げた動画を見たカブス(当時)のダルビッシュ有投手も強く反応した。
「去年のシーズン終わりからこの短期間でここまでテークバックを変えられるってマジですごい。どれだけ考えて、練習したらこうなるんや」