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「リーグ最低の先発投手」を覆して菊池雄星が覚醒に至るまで “MLBオールスターに出る”目標設定と「すべてをぶっ壊した」挑戦
posted2021/07/15 17:01
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph by
Naoya Sanuki
日本時間7月5日午前4時。
関係者の枕元で、スマホにLINEの着信通知が浮かび上がった。
「Dreams come true.」
「あきらめなくて良かったなぁ、と思います。いつも支えてくれて、本当にありがとうございます」
送信元はシアトル・マリナーズの菊池雄星投手。
MLBオールスター戦の出場メンバーに選ばれたことを知らせるメッセージだった。普段なら、日本時間の夜明けを待って送信する。だが今回だけは、一刻も早く知らせたかった。知ってほしかった。続けてつづる。
「世の中に対する分かりやすいメッセージになるんじゃないかとも思う。難しい境遇にあっても、取り組み次第で乗り越えることはできる」
難しい境遇。確かにそうだった。かつて菊池は米国のメディアに、こう評されていた。
「メジャーリーグ最低の先発投手」
彼はいかにして、そこからオールスターに選出されるまでに至ったのか。
「さすがメジャーですね」「マイナーの投手だよ」
2019年2月4日。
菊池はアリゾナ州ピオリアにある、マリナーズのキャンプ地に到着した。初めて迎える、メジャーリーグでのシーズン。時差ボケを解消して、万全の体調でキャンプに臨みたい。そう考え、チーム全体のキャンプ開始より1週間も早く現地に入った。駐車場で乗用車を降りると、ツンと鼻の奥に刺激が走る。砂漠の乾いた空気。ついにアメリカに来たのだと実感した。
目の前にブルペンがあった。投球がミットをたたく、乾いた高音が響いている。そうか、ほかの投手も早めに来ているのか。なんとなく、外周のネット越しにのぞいてみた。
圧倒された。誰も彼もが、この時期とは思えないほどの強い球を投げている。
「99」「100」
スピードガンを構えたスタッフが、毎時何マイルの形式で球速を叫んでいる。ブルペンで100マイルかよ……。背中に冷たい汗がにじむのを感じた。
「さすがメジャーですね」
傍らのスタッフに話しかける。なぜだろう。答えにくそうにしている。不思議に思って顔をのぞきこむと、苦笑いとともに返答があった。
「これは、マイナーの投手だよ」