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貧民街育ちの女性柔道家を金メダリストに… ブラジルで指導、藤井裕子監督に感じる“夫婦の新たな形”とは

posted2021/02/24 17:12

 
貧民街育ちの女性柔道家を金メダリストに… ブラジルで指導、藤井裕子監督に感じる“夫婦の新たな形”とは<Number Web> photograph by AFP/AFLO

ラファエラ・シルバと藤井裕子監督。厚い信頼関係で結ばれている

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沢田啓明

沢田啓明Hiroaki Sawada

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東京五輪開幕が約5カ月後に迫る中で、ブラジル柔道男子代表の監督は、日本人女性の藤井裕子さんが務めている。彼女の非常にユニークなキャリア、そして夫と子育てしながらの監督業について、夫婦インタビューでお届けする(全3回の第3回/#1#2はこちら)

 リオ五輪を目指して強化を続けるブラジル柔道で、「金メダル候補」として大きな期待を担ったのが女子57kg級のラファエラ・シウバだった。

 リオの“ファベーラ”と呼ばれる貧民街の出身で、子供時代は喧嘩に明け暮れた。貧困家庭の子弟に無償でスポーツを教えるNGO団体で柔道を始め、2011年の世界選手権で2位。しかし、メダルを期待された2012年ロンドン五輪で、2回戦でまさかの反則負け。一部の心ない人から、人種差別的な誹謗中傷を受けた(この大会の同じ階級で金メダルを取ったのが、“野獣”こと松本薫である)。

周囲は腫れ物に触るような扱いだった

――ラファエラ・シウバの第一印象は?

「身体能力が抜群。貧しい境遇で育ったこともあり、闘争心が凄まじい。試合をするのが大好きで、柔道への愛着もありました。ただ、これは他のブラジル人選手にも言えることだけど、単調な反復練習が大嫌い。

 ロンドン五輪のことがあり、周囲は腫れ物に触るような扱いをしていました。でも、私は特別扱いはしなかった。フランクに接し、練習を強制はせず、本人の自主性を引き出すことを考えました」

五輪数カ月前に「顔も見たくない」と言われるほどの状況

――それで、リオ五輪まで順調に?

「いや、そうではなかったですね。

 五輪の数カ月前に不調に陥ると、一部の代表スタッフの間から『彼女が勝てないのは、日本式の柔道にこだわり過ぎて大胆さがなくなったからだ』という声が出ました。それはスタッフの中で唯一の日本人である私が悪いという意味でした。私は、彼女の柔道を変えようとは1ミリも思っていないし、持ち味をさらに生かすため、基本練習をさせただけなのに……。

 本人の耳にもそんな声が入ったようで、私との個人練習を一切やらなくなった。『ユーコの顔も見たくない』とまで言われた。完全な拒絶反応でした」

――それはショックですね。

「彼女に何か悪いことでもしたかな、と考えましたが、何も思い当たらない。ロンドン五輪のことがあり、五輪前になっても調子が上向かないことに加え、自国開催でしかもご当地選手ということで大きな重圧を感じていたのだと思います。

 そのような心理状態で、練習を強制しても意味がない。そこで、『私はあなたを強くすることを諦めない。待っているから、やる気になったらまた練習においで』とだけ伝えた。待つことは私にしかできない、と思ってひたすら待ち続けました」

【次ページ】 ある日突然、ケロっとした顔で道場に来て……

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