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貧民街育ちの女性柔道家を金メダリストに… ブラジルで指導、藤井裕子監督に感じる“夫婦の新たな形”とは
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byAFP/AFLO
posted2021/02/24 17:12
ラファエラ・シルバと藤井裕子監督。厚い信頼関係で結ばれている
「世代交代の時期にあったと思います。自国開催の五輪ということで、無理をして選手生命を延ばしたベテランもいた。全盛期を過ぎた彼らを凌ぐ中堅、若手も出てこなかったんです」
――当時、リオ五輪後の身の振り方については、どう考えていたのでしょうか?
「柔道競技の全日程終了後、ブラジル五輪委員会の役員から『2020年東京五輪まで、ブラジル代表のコーチを続けてくれないか』と言われました。『少し考えさせてほしい』と伝え、夫と相談しました」
――陽樹さんは、どう思ったのでしょうか。
陽樹さん「いいんじゃないの、と伝えました」
――それまでの3年間に加え、さらに少なくとも4年間、家族でブラジルに滞在する決意を固めたわけですね。その時点で、裕子さんには日本へ戻る、あるいはブラジル以外の国でコーチをするという選択肢もあったと思いますが……。
「ブラジル人の大らかさ、そしてブラジルでの仕事の環境が気に入りました。夫の賛成も得られたので、オファーを承諾しました」
「あなたはパラダイムを壊してくれた。今度は……」
――そして、2017年5月、長女の麻椰ちゃんを出産します。
「このときも直前までコーチの仕事をして、出産後5カ月で仕事に戻りました」
――翌2018年5月、ブラジルの男子代表監督に指名されます。そのいきさつは?
「リオ五輪後に就任した監督が、国際大会で良い結果を出せなかった。地元メディアから批判を受け、2018年4月に辞任した。すると、ブラジル柔道連盟の役員に呼ばれ、『男子代表の監督をやってくれないか』と言われました」
――裕子さんにとって、青天の霹靂だったのでしょうか?
「いや、そうでもないです。私は男子選手の指導もしていたし、監督が辞任したからには、自分が指名される可能性もあると考えていました。
その後、ブラジル五輪委員会の会長に呼ばれ、『あなたは、外国人であってもブラジル柔道の発展のために全身全霊を捧げてくれることを証明し、これまでのパラダイム(ある時代に支配的な物の考え方)を打ち壊してくれた。今度は、女性には男子トップ選手の指導はできない、というパラダイムを壊してほしい』と言われました」
――すごい言葉ですね。
「これを聞いて、とても嬉しかったしワクワクした。感動と興奮で、手が震えました」