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“奇人”ビエルサ「その血が必要なのです!」、グアルディオラとの“11時間の議論”
posted2020/09/11 11:45
text by
赤石晋一郎Shinichiro Akaishi
photograph by
Getty Images
(後編「ビエルサとグアルディオラ、『戦術的に信じられない』雨中の“美しい試合”の衝撃」は記事最終頁下の「関連コラム」からご覧ください)
その対話は2006年10月10日、アルゼンチンの片田舎・マキシモパスで行われた。
マルセロ・ビエルサは、目の前に座る痩身の男に鋭い眼光を投げかけこう聞いた。
「あなたはこのサッカー界に潜んでいるゴミについてよく知っているのに、なぜ嘘で塗り固められたこの世界で指導をしたいと思うんですか?」
痩身の男の名前はジョゼップ・グアルディオラと言った。元バルセロナのスター選手であるペップ・グアルディオラは、ビエルサに教えを請うためにアルゼンチンを訪れていた。
なぜビエルサがそのような比喩を使ったのかはわからない。もしかしたら、時に莫大な富を産み、時に多大な痛みを強いる商業主義に染まりきったフットボールの世界に対する厭世観がエル・ロコにはあったのかもしれない。
ペップはこう言った。
「私たちはこんなにもサッカー界について愚痴を言い合っている。だが、どうだろうマルセロ、いっそのこと育成のチームを率いればマスコミの批判やバッシングを受けることはないのではないでしょうか?」
「私にはその血が必要なのです!」
ペップはなぜビエルサがトップチームの指導を続けるのかを問うた。
エル・ロコもペップもマスコミに対してはナーバスな指揮官として知られている。ビエルサが単独インタビューを受けることは皆無に近い。自分の言葉を誤って伝えられることを良しとはしないのがその理由とされている。だが一方で、記者会見ではあらゆる質問をエル・ロコは受け付ける。
ビエルサはペップの質問に難解な言葉で答えた。
「私にはその血が必要なのです!」
ビエルサとペップによる「11時間の議論」という、あまりにも有名な一夜はこうして幕を明けたのある。
奇人であり聖人――。
“エル・ロコ”の愛称を持つマルセロ・ビエルサという人物はとてつもなく魅力的であり、かつ理解し難い人物として知られている。
エル・ロコとは奇人とかクレイジーを意味するスペイン語表現で、ビエルサの代名詞となっている仇名である。エル・ロコという言葉は、アルゼンチン人の間では単純に奇人というより、愛すべきサッカー狂という意味合いに近い、親しみを込めた表現だといわれている。