プレミアリーグの時間BACK NUMBER
無観客プレミア取材詳細レポート。
選手の声は響けど会場に熱狂なし。
posted2020/06/29 07:00
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph by
Getty Images
GKとの1対1を冷静に制してゴールを決め、正面のスタンドに走り寄ってピッチに飛び込んだハリー・ケイン。チームメイトのエリック・ラメラが祝福に駆け寄ってきても起き上がらず、反転して仰向けになると、顔の横に上げた両手の拳を握りしめながらゴールの喜びを噛み締めた。
トッテナムの主砲は、ホームにウェストハムを迎えたプレミアリーグ第31節の82分、勝利を動かぬものとするチーム2点目を決めた。リーグ再開前の8位からトップ6浮上を狙うスパーズにとっては、第26節以来となる待望の白星だった。
ハムストリングの怪我と手術で長期欠場を余儀なくされたケインにとっては、2020年の初得点だった。そして右下隅にボールが飛び込んだゴールの裏は、1万7500人のホーム・サポーターを収容する国内最大の一階層式スタンド。しかしネットを揺らしたばかりのエースはピッチに横たわって大歓声の音圧を感じていたわけではない。
スタジアムに響く“ノイズ”は、得点直後に流れるインストゥルメンタルの音楽のみ。それは、変わらないケインの決定力と同時に無観客試合の異様さを痛感するシーンだった。
淡々としたロンドンダービー。
6月23日、筆者はプレミア無観客試合を初体験する機会に恵まれた。それまでテレビで観戦する限り、会場の静けさは気にならなくなっていた。逆に、中継局が挿入する歓声は「所詮は人工」と感じ、敢えて“効果音”抜きで試合を観るようになっていた。
だが、実際に観客のいないスタジアムで試合を取材した際の違和感は、テレビ越しの観戦とは別物だった。時には空調システムのノイズさえ耳に入るほどの静けさが気になり、目の前の試合にのめり込むことが難しかった。
取材カードは上位と下位の顔合わせではあったが、れっきとしたロンドン・ダービーの1つだ。シーズンも大詰め、本来ならプライドを懸けてCL出場権維持を狙うトッテナムのファンと、同市内の格上に対する一方的な対抗意識に加え、降格回避への執念が重なったウェストハムのファンが、チャント合戦で火花を散らしていたに違いない。
ところが、6万人規模の空席に囲まれたスタジアムにおいては、灼熱の地元対決も淡々と進行していった。会場入りを許されたメディアは一握り。取材申請を受け入れてくれたトッテナムには感謝しかない。