バレーボールPRESSBACK NUMBER
荒木絵里香が語る「1年」の重み。
バレー選手、母としての2つの覚悟。
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2020/06/03 20:00
北京、ロンドン、リオに続いて4度目のオリンピック出場を目指す荒木はチームに欠かせない存在だ。
成長した娘「もうバレーは辞めて!」
Vリーグ期間中も試合になれば全国に遠征するためほとんど一緒にいられず、娘の育児は荒木の実母が担う。日本代表の合宿が始まれば、離れ離れの時間はさらに長くなり、コミュニケーションを取るのはスマートフォンとタブレット。まだ娘が言葉を話せなかった頃は、画面越しの荒木に手を振ったり、笑顔を見せることもあったが、自我も芽生えた今はそう簡単ではない。
「お友達のお母さんも仕事をしている人はたくさんいるから、合宿や練習へ行くたび、『ママはお仕事に行くんだよ。ママのお仕事はバレーだから、終わるまで待っていてね』と説明します。でも、言われるんですよ。『ママは和香ちゃんのお世話をするのが仕事でしょ! もうバレーは辞めて!』って。真剣な顔で、私の目を見てそう言われると、あー、私は自分のやりたいことを貫き通して、やっているだけなんだって。自分が決めたことなんだけど、娘や家族のことを考えたらこれで合っているのか、どうしたらいいのかって思うこともありますね」
泣いたり、怒ったり、ふてくされたり。離れている時は寂しさを露わにすることが増えた娘が、「こんなにママがいるのは初めて」と楽しそうな顔を見せれば、母としては嬉しい。
だが一方で、東京五輪延期に続いてインターハイや甲子園、これまで当たり前に開催されてきた数多くのスポーツの大会が中止を余儀なくされる現状に触れるたび、本当に1年後の五輪は開催されるのか。昨今の状況を理解しているつもりでいても、身体やスキルの好不調があるように、ネガティブな思考が頭をよぎることもある。
「20代の頃とは、確実に違う」
たかが1年、されど1年。
背が伸び、より多くの言葉を覚え、一緒にお菓子づくりもするなど、できることが日ごとに増える娘の成長だけを見れば、きっと1年などあっという間だ。
だがアスリートとしてはどうか。気力、体力、バレーボールの技術。1年という時間を重ねても、より高いレベルで維持、向上することが今の自分にできるのか。
「この先こんなことがあるだろう、という想像を遥かに越えて来るぐらい大変な時間であると覚悟はしています。でもそう言いながら、ありすぎてわからないぐらい不安もある。オリンピックが延期になって、他の選手もみんな苦しいし、年齢や経験は違っても同じ1年。だから私だけ特別苦しいとか、そういう取り上げられ方をするのは嫌なんです。
でも、若い選手が『時間ができた分、ここから自分のスキルも高められるチャンス』と言うのを聞くと、もう素直にすごいなって思っちゃう(笑)。自分も上手になりたいし、なれると思ってやっているけど、今そう素直に言えるかと言ったら言えないですよね。20代の頃とは、確実に違いますから」
それでも、前を向いて進むしかない。