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J中断、レフェリーはいま何を思う?
最年長51歳村上伸次の準備と流儀。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byJ.LEAGUE
posted2020/05/28 11:00
Jリーグで多くの試合を裁いてきた村上伸次。プロフェッショナルレフェリーのなかでも最年長の51歳となる。
ミスを引きずらない準備。
レフェリーにとって、メンタル面のコントロールもまた重要なファクターとなる。
「(試合中のジャッジに)ミスが起きたら絶対にその試合中は引きずらない。判定は一回でもミスがあればそれを挽回するのは非常に難しい。だからこそ、そこは受け入れて、自分に今できること以上のことはしない。自分ができることを最後までやり切る。それしかないです」
もちろん、ミスを起こさないように日々の努力と研究は欠かせない。村上氏は自らの試合を見返して、「実際の映像」と「自分の頭に刻まれた絵」を照らし合わせながら、自分の視野を広めている。
「試合に対して、ここでPKかPKじゃないか、退場になるのか、ならないのか。いわゆる『DOGSO(ドグソ=決定的な得点機会の阻止)』を見ます。実際にテレビ映像とピッチで自分の目で見た映像を比較して、DOGSOに気付けたか、気づけなかったか。じゃあどうすれば気付けたかと考えを深めます。自分の頭の映像が正しいこともあります。その物事の整合性を頭の中でしっかりとリンクさせてピッチに立つ。そうすると細かいポジショニングや見る角度の正確な判断に繋がるんです」
DOGSOなどの判定の精度をより正確なものにするために、世界はVARの導入が加速をし、Jリーグも今季から導入(再開後は導入するかどうかは未定)されている。
「Jリーグとしてはまだ1節しかやっていませんが、VARの研修もいろんなクリップ映像があるので、そこは勉強しています。ただ、フィールド上には主審、2人の副審、第4の審判員といるわけですが、ここが全て仕切ってやるのが大前提のシステムで、レフェリーが現場で明確な判定をすることができればVARが介入しなくてもいい。これがいちばんいいレフェリングだと思うんです。変に頼りにしてしまうと、レフェリーの質が下がってしまう危険性があると思います。
ただ難しいなと感じるのは、イングランド発祥のスポーツとアメリカ発祥のスポーツって全然違います。アメリカンスポーツは、アウトかセーフかはっきりしていますが、イングランドスポーツはそこが曖昧というかぼやけているところがある。理由は裁量があるかないかの違いだと思うんです。VARは競技規則上、『最終的にはレフェリーの判断』と明記されているのですが、やっぱり映像は事実を映し出すので、そこを突きつけられたら変えないといけないところも出てくる。サッカーの1つの醍醐味でもある裁量に、アウトかセーフかはっきりとした判断が入る。そこのバランスは難しいですね」
「カズさんが頑張っている以上、僕も」
リーグの中断が続く今、いざリーグが再開された時に思考面、メンタル面、フィジカル面で万全の準備をして臨めるかが、全国各地に散らばるPRを始め、試合を成立させるレフェリーにとって大事なテーマとなる。村上氏は「多くのレフェリーはそれぞれ別の仕事を持ちながらやっている。そのバランスは非常に難しいですし、いざ再開した時に『職場の理解』も重要になってくるので、そこは全体で考えないといけません」と配慮を見せつつ、自身の今後についてこう語った。
「僕は少しでも長くPRを続けたいんです。岡田正義さんと吉田寿光さんが52歳までPRをやっていたので、それを超えたい。そう思える1つの理由として三浦知良選手の存在が大きいですね。カズさんは僕の2つ上なのですが、『トレーニングをみんなが10回やれば11回、11回やれば12回やる』とおっしゃっていました。それなら僕は13回やるようにしています(笑)。カズさんが頑張っている以上、僕も頑張りたいという気持ちにさせてくれますね」
サッカーができない今は、レフェリーにとっても厳しい状況であることは変わらない。しかし、これまでもルール改正やVARの導入と、常に新しい変化が起こる中でも順応し続けてきた。その経験をレベル向上に結び付け、“試合の構成員”として歩んできた。
だからこそ、いかにネガティブにならず、ポジティブに物事を考えて最大限の準備ができるか。村上氏はそのメンタリティーを持ち、最年長PR記録を更新し、第一線で笛を吹き続けることを思い描いて、この時間を過ごしている。