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関根潤三、長嶋茂雄への熱い思い。
ヤクルトでも監督を譲りたかった。
posted2020/04/10 12:00
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph by
KYODO
“元祖二刀流”として知られ大洋、ヤクルトの監督を務めた関根潤三さんが4月9日、老衰で亡くなった。
関根さんとは古くから公私にわたり親交が深く、ニッポン放送のプロ野球中継では解説者とアナウンサーとしてコンビを組んできた深澤弘さんに関根さんの思い出を伺った。
関根さんは旧制日大三中(現日大三高)から法大へ進み、投手として東京六大学リーグ歴代5位の41勝をあげた。1950年に近鉄に入団し、投手として244試合に登板して65勝94敗の成績を残すとともに、打力を買われて打者としても出場し、通算打率2割7分9厘、1137安打をマーク。
2リーグ分立後に通算1000安打と50勝を達成した唯一の選手で、史上初めてオールスターに投手と野手の両方で出場した“元祖二刀流”のプレーヤーだった。
“試合の流れ”を最初に言い出した。
引退後はニッポン放送、フジテレビなどで解説者に就任。ソフトな語り口ながら、ときには辛辣な言葉も飛び出す解説で人気を集めたが、実は現在の野球解説では当たり前に使われている、ある言葉を最初に使ったのも関根さんだったと深澤さんは語る。
「私の記憶で一番、印象に残っているのは、試合の中で『流れ』ということを最初に言い出したのは関根さんだったことですね」
それまでの解説者は起こったプレーに対して論評をするのが中心だった。
ところが関根さんの解説は次のプレーを予測し、そのプレーが試合全体の中でどういう影響を及ぼすかを洞察する。そういう先を読んだ解説が得意だった。
「『このバッターを歩かせたら試合の“流れ”が変わりますよ』とか、『次の1球が勝負球になりますね』とか……。起こったことではなく、次に起こるであろうことの意味を解説してくれた。
いまでは当たり前のように使われる“試合の流れ”という考え方を、最初に使い出したのは関根さんだったんですね」