“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
田中亜土夢が再びフィンランドに。
サッカーと水墨画に魅せられる日々。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byAtomu Tanaka
posted2020/03/25 20:00
再びフィンランドに戻った田中亜土夢。水墨画と出会ったことでサッカーの捉え方も変わったと話した。
繊細さと大胆さが求められる。
「絵を描いてみたらサッカー面で見えてくるものがあるのかな、いろんなアイデアやクリエイティブな部分が出るかなと思ったんです。油絵と水墨画のどちらをやるのか迷いましたが、水墨画は筆と水と墨があればできるし、色をたくさん持たなくても良くて、すぐに取りかかれると思ったので、水墨画を選びました。最初は軽い気持ちだったのですが、やり始めたら水墨画の奥深さにどんどんハマっていったんです」
プロである川地の指導を受けながらトライしたことで、彼は水墨画にすぐに魅了された。
「いざ描いてみると、本当に繊細でかつ大胆さを求められるなと感じたんです。だんだん形が出来上がっていくときに色を濃くしていきたいところから何回か重ね塗りをするのですが、全体のバランスや完成図をイメージしながら濃淡を入れていくうちにだんだん絵が真っ白いキャンバスから浮き上がってくるんです。立体的に見えてくる過程が凄く楽しくて。
それに薄くしているところが一箇所でも濃くなってしまうと、全体的に濃くしていかなければいけなくなる。白と黒のコントラストはシンプルなように見えて、繊細で、かつダイナミックな濃淡のバランスによって完成品の質が大きく変わってくる。これってサッカーにも繋がるなと感じるようになりました」
画を描いたら喜んでもらえた。
サッカーと水墨画。全く違うものに見えるが、田中は多くの共通点を見出していた。
「サッカーで言う緩急が重要で、強引さだけでもダメだし、繊細さだけでもダメ。ピッチとキャンバス全体を常に頭に入れて、プレーと筆(色)の強弱でバランスと繊細さ、力強さをそれぞれ適した局面で発揮をする。
あと感じたのが、観てくれる人たちの印象。サッカーも水墨画もきちんとしたコントラストを見せないと、観る人に印象を植え付けられません。水墨画で言えば濃淡のはっきりとした変化、サッカーで言えばアシストやゴールという目に見える結果。これらを積み重ねないと人たちの記憶に残らないし、笑顔にできないんです」
最初は自分が飼っている犬の画を描いていたが、途中から友人や知り合いの犬など多くの種類の犬の水墨画を描いては、その人たちにプレゼントした。その時、嬉しそうに受け取ってくれる人たちの笑顔を見て、田中は大事なことに気がついた。
「ちょうどその時、僕はゴールを決めていなくて、スタジアムに来てくれるサポーターやファンを笑顔にできていなかった。自分は何のためにプレーしているのかというと、もちろん活躍してステップアップしたい気持ちはあるし、何よりお金を払って見に来てくれている人たちを喜ばせたいという気持ちがあるからなんだと改めて気づいたんです。
水墨画を描くにあたって、自分の絵を受け取った時の笑顔を想像するだけで、創作意欲を掻き立てられた。それをこれまではサッカーで得ていたはずなのに、いつしか忘れかけてしまっていたのかなと。水墨画をやり始めて、サッカー面で気づくことが多かったんです」
このシーズン、彼はリーグ33試合に出場し、キャリア2番目となる7ゴールをマークした。
さらなる飛躍を求めチームを離れる決断をした田中は、待ち望んだ欧州4大リーグへのステップアップとはならなかったが、C大阪から熱心なオファーを受け、日本へ戻ることを決めた。ヘルシンキでの3年間は、サッカーを別の角度から見るため、新たな自分を構築するために必要な時間だった。
日本に帰ってきてからも、水墨画は大事な自己表現として描き続けた。