スポーツは国境をこえるBACK NUMBER
パラ陸上でザンビアから東京2020へ。
アルビノの少女を支えた、日本人指導者。
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byJICA
posted2020/01/30 11:00
モニカさん(右)や指導者たちとは、帰国後も定期的に連絡を取り合っている。
戸惑った国民性の違い。
モニカさんと彼女のチームメイトへの指導は、手探りの中で進んだ。
「ザンビアには基本的なトレーニングが普及していないので、日本の初歩のメニューを見せても、“それにどんな意味があるの?”と怪訝な顔をされるのです」
国民性の違いにも戸惑った。
「勤勉な日本人と違い、ザンビアの人たちはきついことが嫌いで、負荷のかかるメニューをすると、すぐに音を上げてしまう。ですから、最初は軽いものから始めるように心がけました。モニカは弱視なので、メニューを正しく伝えるのも苦労しました。言葉で上手く動作を伝えられないときには、ザンビアの指導者が手助けしてくれました」
仲間に教えるようになったモニカ。
ふたりのトレーニングは、野﨑さんが帰国するまでの1年半で計10日ほど行なわれた。練習を重ねるたびに、彼女の向上心は目に見えて高くなっていったという。
「そのうち彼女は、私が教えたメニューを進んで仲間に教えるようになりました。それは日本式のメニューが役に立つ、という実感があったからだと思います。また普段は穏やかで口数も少ないモニカですが、障害のことになると熱く語り出すところがありました。あるとき彼女は、次のように語ってくれました。“私はパラリンピックで金メダルを獲って、差別に遭うことも多いアルビノの仲間たちを勇気づけたい”。その言葉は、いまも胸に残っています」
2年の任期を終えて帰国した野﨑さん。彼はいま、東京2020で躍動するモニカさんを頭の中に思い描きながら、自身も新たな一歩を踏み出そうとしている。
「モニカをはじめとしたザンビアの人たちとの出会いによって、私はスポーツを通じてだれかの人生を豊かにする喜びを知りました。今後は特別支援の教育について学び、それをスポーツと結びつける活動をしていきたいと考えています」
世界で奮闘するボランティアの汗が結実する――。東京2020はそんな舞台でもあるのだ。
企画協力:国際協力機構(JICA)