One story of the fieldBACK NUMBER
窓越しの少年はいつもうつむいて。
大船渡が佐々木朗希に見た夢。(上)
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byShigeki Yamamoto
posted2019/10/18 20:00
ドラフト会議用の記者会見場に入る佐々木。学校ではなく、三陸町にある公民館が使用された。
「甲子園? あれ以来、行ってねえよ」
「甲子園が終わったあと、大船渡に帰ったよ。店を継いだんだ。母ちゃんが膵臓癌になったということもあったし、田舎の長男だからよ」
そう言ってガラス窓の向こうを見る千葉の眼にはやはり郷愁がある。
あ、そうだ。そう言った千葉がレジ台の後ろの棚をガサゴソし始めた。
「おお、あったあった。これ、俺が甲子園みにいった時のセンバツの試合が入ってるビデオだよ。よがったら見るか? 返すのはいつでもいいがらよ」
この道沿いの古い店らしく、陳列棚の一升瓶たちはそれぞれゆったりとした間隔をおいて並んでいて、気長に客を待っている。ギラギラした商売っ気とは無縁の顔だ。
「甲子園? あれ以来、行ってねえよ。大船渡が出ねえのに、行ってもしゃあねえべ?」
また夢を見ようと思った。
大船渡と野球と甲子園。
千葉はそれを灯火にして、生まれ育ったこの町、この店で生きてきた。
だからこそ、佐々木朗希が大船渡高校の野球部に行くと聞いたとき、また夢を見ようと思ったのだ。
地元の仲間たちが集まった県立校が甲子園をつかむという物語をもう一度──。
ただ、窓ガラス越しに見えていた少年はいつしか千葉の想像が追いつかないほどに可能性をふくらませていった。仮設住宅を出て、150kmを投げるようになり、160kmまで突き抜けて、あっという間に日本球界の夢を背負う存在になっていった。いつしか「甲子園」という港町の夢は、彼にとってそう呼ぶにふさわしいのかどうか、あやふやなものになっていた。佐々木はすぐ近くにいるのに、とんでもなく遠い世界の住人のようだった。
かつて、この町にそんな球児はいなかった。