ゴルフボールの転がる先BACK NUMBER
五輪ゴルフコースを管理する仕事。
ぺブルビーチの衝撃が人生を変えた。
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byYoichi Katsuragawa
posted2019/09/27 11:40
昨秋に霞ヶ関カンツリー倶楽部へやってきた東海林護さん。2016年に改修したコースのコンディションを日々見極めながら、本番の日を迎える。
2週間の“本番”にどう向き合うか。
五輪では、プロツアー仕様のコースづくりに携わってきたキーパーにとっても未経験の問題がある。「トーナメントでは大会の前週日曜日に仕上げて試合が終わるまで1週間持続させることを考える」のが通常だが、五輪は男女合わせて“本番”が2週間ある。高温多湿の埼玉・川越市で長丁場を乗り越える準備が必要だ。
「僕はスポーツトレーナーの感覚なんです。アスリートも本番にピークを持っていきたい。芝生も競技を逆算してスケジュールを考える。コントロールが効かなくなったら芝には『お前、行けるのか……?』と語りかけるような感じです。だから、五輪の週はそれまでの準備の“通信簿”。答え合わせだと思っています」
本番を控えた責任と重圧は、実際のオリンピアンだけが背負うものではない。アスリートを中心に据えた水面の波紋のように広がっていく。それを処理できるのかは、日々の小さな仕事の積み重ねだけだ。ミッション遂行のため、もっとも重視すべきことは何か。
五輪コースの芝の管理人は「“人”だと思います」と言った。
スタッフを束ね、メンバーにも丁寧に説明。
「私たちは芝生の専門家、職人としての知識や技術を期待されますが、僕が以前、大利根CCで一生懸命やったのは組織作りでした」
霞ヶ関CCのコース課には現在、30人弱の正社員と五輪に向けた臨時スタッフあわせて約50人のメンバーがいる。朝6時半に始業するタフな仕事だ。それぞれが気持ちよく職務をまっとうできる環境づくりこそが任務だという。手と手を取り合わなければ、強大な自然の力に立ち向かいようがない。
東海林さん自身はリーダーとして、クラブのメンバーとも膝を突き合わせて、コース管理に関する決断を理解してもらう必要がある。たとえば「芝の育成のためにはあの木を切らなくてはならない」、「いまの時期はこのホールの土を休ませなければならない」……そんなキーパー側の意向をのんでもらうべく、彼は事細かな状況説明を惜しまない。
ある日、飲み干されたペットボトルに切り込みを入れ、なかを土と芝で埋めた。ビーカーがわりに使うことで、草木の育成の様子を実際に知ってもらうためだった。タブレットのアプリを使って、季節に応じたコース上空の日照時間やエリアを図で示したこともある。
霞ヶ関CCには約1800人のメンバーがいる。なかには政財界のトップも少なくない。そんな面々が小学校の理科の授業よろしく、“先生”の声に耳を傾けているかと想像するとちょっと面白い。そう考えると、教員を目指した東海林さんの過去もあながち無駄ではなかった。