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五輪ゴルフコースを管理する仕事。
ぺブルビーチの衝撃が人生を変えた。
 

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桂川洋一

桂川洋一Yoichi Katsuragawa

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photograph byYoichi Katsuragawa

posted2019/09/27 11:40

五輪ゴルフコースを管理する仕事。ぺブルビーチの衝撃が人生を変えた。<Number Web> photograph by Yoichi Katsuragawa

昨秋に霞ヶ関カンツリー倶楽部へやってきた東海林護さん。2016年に改修したコースのコンディションを日々見極めながら、本番の日を迎える。

小樽CC、大利根CCで腕を磨く。

 ペブルビーチでのショックを抱えたまま、帰国した東海林さんは伝手をたどって道内屈指のコース、数々のトーナメントも開催してきた小樽カントリー倶楽部の門をたたいた。新卒採用で入ってきたスタッフを“先輩”とし、仕事は雑用から始めた。当地で2年間の修行後、道内の複数のコースで職務を任され、35歳のときに北海道を出る。

「日本にも地域によってたくさんの種類の芝があります。本州の芝をやってみたいと思っていた」と、次の仕事場は茨城県の名門・大利根カントリークラブになった。

 男子ツアー・ダイヤモンドカップなどをホストしてきた当地のコンディションはここ数年、ツアープロからも好評を博していた。そして噂は“五輪コース”の耳にも入る。'18年の中頃、まさにビッグイベントを2年後に控えてコンディションに苦慮していた時期だった。

 霞ヶ関CCの担当役員は当時をこう振り返る。

「東コースは'17年4月に本格オープンしました。最初は芝の状態も良かったんです。松山選手もお世辞かもしれませんが『良いですね』と言ってくれました。それが夏になるとグリーンが悪化した。'18年も酷暑の影響もあってなかなかよくならない。それでも、『日本一のコースにしたい』という思いを持っていました。東海林さんに出会ったのはそんなときでした」

芝生は「赤ちゃんと一緒」。

 倶楽部が新しいグリーンキーパーを迎え入れて1年が経ち、問題の東京五輪までは1年を切った。当地でプレーするメンバーの評判も上々だという。

 そうは言っても、来夏に向けた彼らの緊張感が解けることはない。前述の通り、東コースは'16年にレイアウトを大幅に変更する大改修を行った。芝生のプロたちからすると、これこそが最大の懸念材料でもある。東海林さんは「植物は成長することで熟成されます。工業製品とは違い、“生まれたて”が一番優れているわけではなく一番弱い。抵抗力のない赤ちゃんと一緒」と表現する。若いうちに何度も踏まれれば、伴う痛みも大きい。

 日本のゴルフ場は人気コースともなると、1日に50組、多いところで70組がプレーすることもある。もちろん、組数に応じて儲けが決まる。それを霞ヶ関の東コースでは芝への負担を考え、今年6月から上限を普段の半分以下、1日20組とした。ハーフターン時の昼食時間を設けず、ラウンド後の時間はすべてメンテナンスに充てている。

 ゴルフ場の芝もサッカーやラグビーと同様スポーツターフのひとつだが、フィールドの広大さと形状が、育成と整備にとっては厄介だ。

「一番大切なのは芝の生命維持活動のための光合成ができる環境が整っていること。樹木は日陰を作って芝に“悪さ”をする。でも、ゴルフのプレーにおいては樹木もすごく重要なものです」と東海林さん。

 日照時間や影のでき方も季節によって日々変化する。雨も降る。風も吹く。多くの人にとって何気ない日常の瞬間それぞれが、彼らにとっては勝負どころ。「本当は……“スイッチ”を入れたらコンディションがすべて整うといいのになんて思いますよ」と笑う。

【次ページ】 2週間の“本番”にどう向き合うか。

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