“Mr.ドラフト”の野球日記BACK NUMBER
智弁和歌山の神懸りに勝る奥川恭伸。
本当にドラフト候補は不作なのか?
posted2019/08/20 07:00
text by
小関順二Junji Koseki
photograph by
Kyodo News
大会8日目の第3試合、智弁和歌山対明徳義塾戦を見て心に残ったシーンがある。
前評判は智弁和歌山のほうが高かったが、6回が終わってスコアは明徳義塾の1-0。さらに明徳義塾を率いるのは百戦錬磨の馬淵史郎監督である。ひょっとしたら番狂わせがあるかも、という試合前の思いは、イニングを経過するごとに現実味を帯びていた。
だが、迎えた7回表。智弁和歌山の先頭打者が内野ゴロに打ち取られて1死となった場面で、8番・池田陽佑(3年)がセンター方向にヒットを放つ。外野手の守備位置が深いのを見た池田は、敢然と一塁ベースを蹴って二塁を陥れた。
池田は背番号1のエース。1回戦の米子東戦では先発して8回を投げ、1失点に抑えており、打席でも4回立ったうち3安打を放っている。私のストップウォッチによる計測では二塁打のときの二塁到達タイムは8.75秒、ヒットのときの一塁到達タイムは4.82秒。平凡というより遅いくらいの走りである。
そういう選手がチームの危機に直面したとき、単打を二塁打に変える走りを敢行するのである。
さらに1死二塁から9番・綾原創太(2年)が一塁手のエラーで生きて一、三塁。続く1番・黒川史陽(3年)が打った打球は平凡なショートゴロと思ったが、ショートの前で大きく撥ねる内野安打となり、あっという間に同点に追いついてしまった。
池田の走りも綾原のエラーを誘う一打も黒川の内野安打も取り立てて珍しいものではないが、3つ続けて起これば“神懸り”と言ってもいい。
驚いた1イニング3ホームラン。
本題はここから。1死一、二塁で打席に立った2番・細川凌平(2年)がボールカウント2ボール2ストライクから振り抜いた打球は、左から右に向って吹く風に乗って右中間スタンドに吸い込まれた。甲子園球場の浜風は、普段は右から左に向って吹く。それがこの日は朝から逆方向に吹いていた。
こうなると智弁和歌山の“神懸り”は本物だ。3番・西川晋太郎(3年)がヒットで出て、次の打者が倒れて2死後、今度は5番・根来塁(3年)がライトスタンドにホームランを放り込んで6点目。さらに6番・東妻純平(3年)がセンターバックスクリーンにイニング3本目のホームランを放り込み、7点目が入った。
1イニング3ホームランは2008年に智弁和歌山が駒大岩見沢戦で記録している大会タイ記録だが、細川も根来もホームランバッターではない。それがチームの“非常時”にとんでもない力を発揮する。