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釜石にラグビーW杯がやってくる!
震災から8年、1万人が集まった。 

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近藤篤

近藤篤Atsushi Kondo

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photograph byAtsushi Kondo

posted2019/08/09 11:40

釜石にラグビーW杯がやってくる!震災から8年、1万人が集まった。<Number Web> photograph by Atsushi Kondo

釜石鵜住居復興スタジアムで初めて行われた日本代表戦(フィジー戦)には1万3000人の観客が押し寄せた。

「本当に開催できるのだろうか?」

 そんなエピソードを教えてくれながら、それでもやっぱりラグビーは私たちに力や勇気を与えてくれると思うんです、と女将は言う。

「いろんな選手が震災後に私たちを励ましに来てくれましたよ。リッチー・マコウさんなんか、2回もここに来てくれたんです! あのリッチー・マコウさんですよ! 私ね、子供たちに言ったんですよ。この人はね、神様よりも偉い人なんだから、ちゃんとさわっとけ!って(笑)」

 翌日の午前、ツアーは再びスタジアムに戻り、日本代表のキャプテンズランを見学する。鵜住居にできた新しいスタジアムで、本当に日本代表のテストマッチが行われるのだ。

 こんなところでワールドカップが本当に開催できるのだろうか? 招致に関わった人々でさえも、その実現には懐疑的な人が多かった。

 新スタジアムのメインスタンドでプレスツアーを迎えてくれた釜石シーウェイブスGM兼監督の桜庭吉彦さんは、ワールドカップがどういうものなのかを肌で体験したことのある数少ない関係者の1人だった。選手としては日本代表43キャップを記録し、ラグビーワールドカップに3回の出場を果たした彼も、正直なところ「普通に考えれば無理だろう」と感じていたのだと言う。

伝わった釜石の人たちの熱意。

 人口3万人の街、震災に遭い、アクセスも悪い、そしてスタジアムすらない。普通に考えなくても、まあ選ばれる可能性はほぼ皆無だ。21世紀を迎え、ラグビーワールドカップはスポーツの祭典であると同時に、極めて冷静に考え抜かれたビジネスの場でもある。

 しかし、釜石の熱意は現実を大きく動かした。

 ワールドラグビーの役員の人々が候補地の視察に訪れた際、彼らの目の前には海と山に囲まれた空間があるのみだった。いったい誰がそんな素敵なアイデアを考え出したのだろうか? 釜石の人たちはまだ盛土作業すら始まっていなかったその広い荒地で、各々が大漁旗を掲げ、あたかもラグビーのピッチを囲んでいるかのように立っていた。

 我々はここでワールドカップをやりたいのです、と。

 ワールドラグビーの重役たちには、それで十分だった。

【次ページ】 ラグビーに触れて感じたこと。

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