ビッグマッチ・インサイドBACK NUMBER
トーレス引退会見に見えた人柄。
仲間を信じ、ファンに愛されたFW。
text by
寺沢薫Kaoru Terasawa
photograph byGetty Images
posted2019/06/28 17:30
リバプールでジェラードとホットラインを築き上げたトーレス。当時の決定力とキュートさは鮮烈な印象を残した。
「相手として、悪夢のような存在」
シュートの技術も高かった。同じシーズンのブラックバーン戦で、自陣からのロングボールをゴールに背を向けた状態で胸トラップし、振り向きざまに放ったボレーをネットに沈めた“マルコ・ファンバステン”スタイルのゴールは彼のベストゴールのひとつだ。
チームメートだったジェイミー・キャラガーは、「練習で対峙する相手として、トーレスは悪夢のような存在だ。スピードも、パワーもあって、テクニックも優れている」と語っていたが、言葉の通りオールラウンドなFWだった。
ただ、良く言えばオールラウンドだが、何かワールドクラスの一芸に秀でた選手だったかと言えば、そうではなかったようにも感じられる。
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語弊があるかもしれないが、スピードだったら往年のティエリー・アンリの方が速かったと思うし、ディディエ・ドログバのようなパワーがあったわけでもなければ、技術で言えばウェイン・ルーニーの方が優れていたように思えるのだ。
仲間を、自分を信じる勇気と決断。
トーレスには、スピードやパワー、テクニックとは別の武器があったような気がする。彼のプレーから最も伝わってきたイメージは、「勇気」と「決断力」だった。
パスをくれる仲間を信じ、迷いなくゴールへと走り出す思い切りの良さ。自らの足を信じ、シュートを力強く振り抜く勇敢さ。彼をワールドクラスのストライカーたらしめていたのは、そういう“自信”の部分と、それをプレーに顕在化させる能力の高さだったように感じる。
そう考えると、物議を醸した2010-11シーズン冬の移籍マーケット最終日のチェルシー移籍以降は、リバプール時代のような自信と勇気を持てなかったのかもしれない。
「タイトルが獲りたい」と言って移籍したチェルシーでは、FAカップ、チャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグのメダルを獲得したが、それに大きく貢献できたかと言えばそうではなかった。リバプール時代のような信頼関係や愛情をクラブと育むことができず、プレーからも持ち味だった思い切りの良さが失われ、その様子はどこか寂しげに見えたものだった。