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平成28年、川崎宗則は野球を愛し、
成長する喜びを全身で感じていた。 

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

PROFILE

photograph byMami Yamada

posted2019/04/20 12:00

平成28年、川崎宗則は野球を愛し、成長する喜びを全身で感じていた。<Number Web> photograph by Mami Yamada

川崎宗則という選手はメジャーリーグに、数字で表せないインパクトを残した。それだけは間違いのないことだ。

自分に降格をつげた監督にワインをねだる。

 4月10日、フェニックス。

 川崎はダイヤモンドバックスとの試合で代打に起用され、いきなりライト前へヒットを放った。そして、すかさず盗塁を決める。まだ、ほんの2カ月前の出来事だ。

「ヒット? ああ、そういえば打ったね。忘れとった。そうそう、ライト前にね。そんな昔の話、忘れたわ。昨日の試合のことならよく覚えているんだけどね」

 メジャーの試合のベンチに入ったのは結局、6試合。出場したのは、代打での2試合だけ。4月14日の試合後には、ケガで出遅れていた内野手のハビアー・バエズがメジャーへ昇格してきたため、川崎はふたたびマイナー行きを通告される。

「試合後、(ジョー・マドン)監督に呼ばれて、『他の選手が上がってくるから、明日からマイナーへ行ってくれ』と……だから『わかりました』と答えました。それだけ。ああ、そういえば監督が美味そうなワインを飲んでたから、『一杯、下さい』と言ったな。『おお、そうか、飲むか』って注いでくれたんで、監督と乾杯して、一緒にワイン飲みました。『マイナー行ったらまたスタメンだよ』とか言ってね。『荷物まとめて飛行機乗るのはめんどくさいなぁ』とか、そんな話もしたかな(苦笑)」

酒がすすむ野球選手、という理想像。

 メジャーの移動はチャーター便で、選手のバスは飛行機のタラップに横づけされる。しかしマイナーの飛行機での移動は民間機で、乗り継ぎは当たり前。荷物は自分で預け、セキュリティチェックにも並ばなければならない。しかもホテル住まいの川崎は、すべての私物をスーツケースに詰め込んで遠征先まで持っていくため、野球道具とあわせて大荷物になってしまう。簡単に「マイナーへ行け」と言われるのだが、シカゴとアイオワの距離を考えれば、いちいちストレスのたまる小旅行にならざるを得ないのだ。それでも彼は淡々と非情の通告を受け入れ、翌朝には機上の人となる。

「毎日毎日、高級料理を食いたいとか、高い時計が欲しいとか、豪邸に住みたいとか、そういう欲が、おれにはない。野球ができりゃ、それでいいんです。プロなら給料の高いところに行くべきだという価値観があるのはわかるけど、おれは自分の価値観と向き合った結果、やりたいことをアメリカで見つけたから、そこでやってるだけの話。みんながみんな、一緒じゃない。おれみたいな男がいてもいいじゃないですか」

 去年の5月、川崎は3Aバファロー・バイソンズの試合で、頭にデッドボールを受けた。そのときに生死を彷徨うことになって、彼は人生観が変わったのだと言った。

「野球をやっていると死ぬこともある。おれはそういうところでプレーしていたんだと初めて感じました。35歳になって、もっと長くプレーしたいなんて、おこがましい。これからはいつケガをしてもおかしくないというところで戦わなくちゃいけないし、その覚悟を決めて、ケガを恐れずにプレーするつもり。プロ野球は見世物なんだから、ケガも酒のつまみになるんだよね。選手がケガをしても、すげえプレーだったなと思ってもらえれば、酒がうまくなる。おれも、『今のムネのプレー、すごかったな』とか言いながら、どんどんうまい酒を呑める、そんなつまみでありたいね(笑)」

 目指すのは、酒がすすむ野球選手。

 いい塩梅に酔えるのは酒のせいか、つまみのおかげか。新たな境地を切り開いたアメリカ仕様の川崎宗則のプレーは、観るものを心地よく酔わせてくれるはずだ。

イチローの衝撃、松坂大輔の剛球。ミスターのメークドラマに、WBCの歓喜。
KKが躍動し、松井秀喜が吠え、そして大谷翔平が新時代を切り拓く――。
平成のスタジアムを彩った野球人30人の、栄光と不屈のストーリー。

(各年で取り上げた選手・監督)
平成元年 中畑清/平成2年 与田剛/平成3年 清原和博/平成4年 西本聖/平成5年 野中徹博/平成6年 長嶋茂雄/平成7年 野村克也/平成8年 伊藤智仁/平成9年 桑田真澄/平成10年 王貞治/平成11年 星野仙一/平成12年 杉浦正則/平成13年 中村紀洋/平成14年 松井秀喜/平成15年 高橋由伸/平成16年 和田毅/平成17年 今岡誠/平成18年 イチロー/平成19年 松坂大輔vs.イチロー/平成20年 山本昌/平成21年 斎藤佑樹/平成22年 ダルビッシュ有/平成23年 谷繁元信/平成24年 栗山英樹/平成25年 則本昂大/平成26年 秋山幸二/平成27年 藤浪晋太郎/平成28年 川崎宗則/平成29年 松坂大輔/平成30年 大谷翔平
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