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今、ピッチで起きていることを優先せよ!
WOWOW社長が語るスポーツ中継の哲学。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byMiki Fukano
posted2019/04/12 08:00
自らのスポーツ中継の経験と哲学を綴った『準備せよ。』を上梓した田中晃氏(WOWOW代表取締役社長)。
「スロー再生主義」の弊害。
ライブ中継が優先されるのが当たり前だと思っている人が多いかもしれないが、日本でも、そのルールが無視されていることが意外に多い。
たとえば、日本のバスケットボール中継では、ディレクターによっては、派手なダンクが決まった後にスロー再生が入ることがあり、その再生中にターンオーバーが起きたりする。
これは、アメリカの中継では、まず見ない。再生途中でも乱暴なほどのスピードでライブに戻る。
田中氏はそうした「スロー再生主義」をこう読み解く。
「それはディレクターの手元には全ての映像がそろっているゆえの緊張感の欠如です。ボールはセンターラインを越えてないし、スローを出しておいても大勢に影響はないだろう……という油断がある。しかし、そうした姿勢はいつか大きな失敗を生みます。
いま、中継ではテクノロジーの発達で、ディレクターは様々な素材を手にしています。しかも、カメラマンもいれば、オペレーターもいる。つまり、コストがかかっているので、あらゆる映像を見せたくなる。ただし、技術のための中継になってはいけない。あくまで試合が主人公ですから」
「ヒーロー主義」では面白さは伝わらない。
今年はラグビーW杯、そして来年は東京オリンピック、パラリンピックが行われ、スポーツ中継、そして報道には大きな注目が集まる。
田中氏は現状の「ヒーロー主義」、「日本中心主義」を憂慮している。
「日本の選手を取り上げ、ヒーローの物語を作る。ただし、そこに突っ込んでいくと、競技本来が持っている本質、魅力とバッティングしてしまいかねないんです。日本の選手が銀メダルを獲った。しかし、金メダリストを報じないことさえある。これでは競技の面白さを伝えきれるわけがない」
バランスのいい世界大会の中継を知っているのは、ギリギリ1970年代に生まれた人までだろう。
振り返ると、1980年代までのNHKが中継する各競技の世界選手権の中継は素晴らしかった。日本だけではなく、あらゆる国の選手に目配りが利いていた。
変わり目となったのは、1996年のアトランタ・オリンピックあたりからだろう。タレントが中継に絡むようになり、日本中心報道が増えた。