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今、ピッチで起きていることを優先せよ!
WOWOW社長が語るスポーツ中継の哲学。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byMiki Fukano
posted2019/04/12 08:00
自らのスポーツ中継の経験と哲学を綴った『準備せよ。』を上梓した田中晃氏(WOWOW代表取締役社長)。
スポーツ報道がドメスティックに。
平成年間、日本のアスリートが世界に打って出るようになってから、皮肉なことに、世界を報じるのではなく、日本中心の報道が進んでしまった。
そのきっかけとなったのは、野球では1995年の野茂英雄のメジャー移籍、そして2001年にイチローが大活躍、サッカーでは1998年に日本代表がW杯に初出場したことで、それまで海外に目配りが利いていたものが、ドメスティックなものに変わった。
田中氏の基準は、あくまで世界にある。WOWOWはテニスの中継をずっと続けているが、田中氏は「錦織選手の人となりを紹介するのが目的ではない」とハッキリいう。
「ずっと中継を続けてきたことで、日本のみなさんにフェデラー、ナダル、そしてジョコビッチの強さ、素晴らしさを伝えられたわけです。ジョコビッチのアクの強さも含めてね(笑)。世界を知ることは、スポーツにとって最高の喜びじゃないですか」
そうした発想を、東京オリンピック、パラリンピックの中継に期待するのは難しいのが現状だ。
「ヒーロー主義、日本中心主義には一定の需要はあるのでしょう。ただし、その傾向が進み、それが中継の文法になってしまっています。このまま、東京オリンピック、パラリンピックを迎えてしまったら、世界のトップアスリートの肉体、技術を見過ごしてしまうことになる。こんなもったいないことがありますか」
WOWOWが五輪を報道するとしたら……。
田中氏は「現実性がない話ですが……」として、こんな番組を作ってみたいという。
「もしもWOWOWがオリンピック関連の報道が出来るとしたら、デイリー・ハイライトを放送したい。そこでは、陸上から近代五種まで、すべての競技、すべての種目の金メダリストを紹介します。そうなると、解説陣のチョイスも変わってきます」
田中氏から出たのは、世界中の誰もが知っているビッグネームだった。
「陸上だったら、カール・ルイスを解説者に招きたいですよ。競泳だったら、マーク・スピッツ。20世紀のスポーツ史に残るレジェンドをスタジオに招いて、英語でハイライトを伝えるでしょうね。そうすれば、国内在住の海外出身者の契約も増やせるんじゃないかという算段もあります」
発想が違う。そんなハイライトがあったとしたら、ぜひ見てみたいと思う。
また、パラリンピックの中継についても過渡期にあるという。
「平昌パラリンピックを見る限り、日本ではまだパラスポーツ中継のフィロソフィーが定まっていない印象を受けました。スノーボードの成田緑夢選手が金メダルを獲って、彼の演技をリピートしていたんですが、その間にクロスカントリーで新田佳浩選手が金メダルを獲ってしまった。
クロスカントリーのライブの映像は放送にはなかった。これはライブを優先させるというスポーツのフィロソフィーが徹底されていれば起こりえないことで、パラスポーツにも日本選手のヒーロー主義、メダル主義が影響していましたね」