マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
沖縄の先生に聞いた、野球と戦争。
「沖縄を単なるリゾートとしか……」
posted2019/02/26 08:00
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
Hideki Sugiyama
沖縄のある高校野球の先生から生徒さんの進路について電話がかかってきて、そこからこんな話になった。
「2月の沖縄は、まずプロ野球がキャンプに来て、そのあとを本土からいろんな大学がキャンプに来て、3月になると今度は高校がたくさんやって来て、まるでひとあし早く『センバツ甲子園』をこっちでやってるみたいで、この2カ月は、沖縄が日本の野球の中心になるんですよ」
確かにこの2カ月、沖縄は本島以外の島々も、そのすべての野球施設が、本土からキャンプや合宿に訪れるプロ、アマチームで占められると言ってよい。
東大野球部が戦跡を訪れて。
さらに話は広がって行く。
24日付のスポーツ紙に、沖縄でキャンプ中の東京大学野球部員たちが、太平洋戦争当時の戦跡を訪ねた記事が載っていたという。
東大野球部のOBで、昭和20年、沖縄戦直前に「県知事」として赴任し、アメリカ軍の猛攻撃の中、沖縄県民の疎開や食料確保に奔走しながら、激戦の混乱の中で消息不明となった島田叡(あきら)元県知事の慰霊をするために、氏が執務していた「壕」を訪れた……そうした内容だ。
たたみ3畳ぐらいの狭さ、まっすぐ立てないほど天井が低い壕の中で、東大野球部の大先輩である島田知事が、ランプの明かりひとつをたよりに陣頭指揮を執っていた事実に思いを馳せて部員たちが率直な感想を語っており、私もその記事を読んでいた。
「沖縄県民としてうれしいことですし、とても心強いことです。東大の部員たちは、卒業してから中央官庁の中枢として働く人もいると聞いています。戦争について、すこしでも“実感”に近い感覚で認識してくれたら……」
沖縄を訪れる野球チームが、太平洋戦争の戦跡に足を運び、慰霊、参拝することは数多く行われている。
「私もこっちに来る本土の高校生と話していて、沖縄を単なるリゾートとしか認識していない人が結構いて、ビックリさせられることがあるんです」
北海道の多くの人は、北海道以外の日本を「内地」と呼び、沖縄の多くの人は沖縄以外の日本のことを「本土」と呼ぶ。