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筒香やダルの言葉で考える球数制限。
高校野球は誰のためにあるのか。

posted2019/02/24 17:00

 
筒香やダルの言葉で考える球数制限。高校野球は誰のためにあるのか。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

200球を超えるような起用はさすがに減ったが、それでも投手に巨大な負担がかかっているのは否定しようがない。

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ナガオ勝司

ナガオ勝司Katsushi Nagao

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Hideki Sugiyama

 高校野球は、誰のためにあるのか――。

 もしも、あなたがちょっとでも野球のことが好きで、何かの縁でこのコラムを読んだなら、一度でいいから真面目に考えて欲しい。

 2月20日、日本高校野球連盟(高野連)は理事会を開き、昨年12月に新潟県の高野連が、今春の県大会で導入するとしていた「1試合100球」の球数制限について、同高野連に対して再考を求めることに決めた。

 今回の「新潟」の英断に「全国」が待ったをかけた理由は、都道府県の大会が地区大会や全国大会の予選を兼ねており、それが全国共通の「高校野球特別規則」に基づいて行われているからだろう。

 日本高野連の竹中雅彦事務局長は、理事会での決定をこう説明した。

「部員20人以下の加盟校が全体の4分の1を占める現状では、部員が少ないチームが不利になる。球数制限に踏み込むのは慎重であるべきだ。ただ、高校野球の発展には避けて通れない課題であり、新潟県高野連が一石を投じ、我々にエールを送っていただいたと考えている」

鈴木大地長官からは苦言。

 甲子園で勝てるような優秀なピッチャーを何人も作れるものではない、というのは百も承知だ。野球の試合は「勝つ」のが目標なので、いわゆる「勝利至上主義」も結構だ。だが今、何よりも問われているのは「高校球児=子どもたちの怪我防止」ではなかったのか。

 高野連の方針を聞いたスポーツ庁の鈴木大地長官の言葉が、重い。

「高校生の怪我の防止に対して今後も検討していくということだと思うので、半歩か1歩、前進した気がする。高校生がひじや肩を故障して『もう投げられません』という状況を作らないように話し合いを続けてほしい」

「大きな一歩」と言わず、「半歩か1歩」。そこに鈴木長官の真意が見えるような気がする。だから当然、こういう「苦言」も加わる。

「新潟は独自の取り組みでいいのではないか。実際にやってみてデータを蓄積して結論を出すのもいいのではないか」

【次ページ】 分かれ目は、高校野球が誰のためのものか。

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