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「新・ビッグ3」の騒ぎ方は大丈夫?
南野・中島・堂安への期待と逡巡。 

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吉田治良

吉田治良Jiro Yoshida

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posted2018/11/29 17:00

「新・ビッグ3」の騒ぎ方は大丈夫?南野・中島・堂安への期待と逡巡。<Number Web> photograph by Getty Images

代表からは3年間遠ざかったが、その間も南野拓実のキャリアは着実に前進していたのだ。

サッカーの変化で、スター不足は深刻化。

 ただ、そこに商売根性は多分にあっても、悪意などもちろん微塵もない。新たなスターを発掘しようという姿勢は、言うならば「編集者魂」でもあるだろう。

 罪深いのは、花火を打ち上げるだけ打ち上げて、不発に終わればまるで何事もなかったかのように忘れ去ってしまう軽薄さと、次から次へと新しい車に乗り換えるような節操のなさだ。

 自戒を込めて、そう思う。

 メッシ、C・ロナウドの2大巨頭を脅かす次世代スターと持ち上げていたネイマールがロシアW杯で汚点を残せば、メディアは手のひらを返して糾弾し、信じられないほど軽やかな身のこなしで新星キリアン・ムバッペに取りつくのだ。

 個よりもチーム、テクニックよりもフィジカルが重んじられる現代のサッカー界では、ひと昔前以上にスターの枯渇が深刻だ。だからこそ、メディアも血眼になって新たなアイコンを探し求めるのだろう。

 世界を見渡してもこうなのだから、そもそものリソースが限られる日本ではなおさらだ。

南野、中島、堂安はどうか。

 いま、日本代表の2列目のトリオ、南野拓実、中島翔哉、堂安律が「新・ビッグ3」と命名され、盛んに持ち上げられている。

 正直に言えば、違和感しかない。

 彼らが所属するザルツブルク、ポルティモネンセ、フローニンヘンは、いずれも世界的に見ればマイナーの域を出ないクラブでしかなく、誰ひとりとしてチャンピオンズリーグの本戦のピッチに立った経験すらないのだ。なにをもって“ビッグ”の称号を授けるのか、その根拠が分からない。

 断っておくが、もちろんパフォーマンスそのものに難癖をつけたいわけではない。ボールと戯れることを楽しみ、常にゴールを目指して前のめりにプレーする姿に心が弾むのは、彼らに日本サッカーの未来を託す多くのファンと同じだ。

 それでも、まだ20代前半で、ビッグクラブの洗礼も受けていない3人を、まるで大御所のように扱うのは気が咎める。アドリアーノが、パトが、ボージャンがそうだったように、どれだけ大きなポテンシャルを秘めていようと、この先、思わぬ落とし穴にはまり込む可能性は皆無ではないのだ。

 その試練を、障害を乗り越えて初めて、揺るぎないステータスは手に入る。

【次ページ】 宮市の挫折を見てしまったからこそ。

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