ファイターズ広報、記す。BACK NUMBER
ファイターズの「母」に贈った引退式。
プロ野球を支える偉大なる女性たち。
text by
高山通史Michifumi Takayama
photograph bySponichi
posted2018/04/15 07:00
3月31日、西武戦の5回終了後の整備を終えた後、サプライズで栗山監督から花束を渡されたグラウンドキーパーの工藤悦子さん。
「YMCA」を封印してでもセレモニーを。
選手も含めた、チームの総意で送り出すことに決めた。約2分間を、工藤さんへ捧げた。東京ドームをホームとしていた時代からの恒例である軽快なリズムに乗った「YMCA」のダンスも、この日ばかりは排除して決行した。球団内で、そのルーティンの有無の是非を論議する際、誰も異論を唱えなかった。
理由はシンプルに「工藤さんだから……」だった。
せめてもの感謝の思いを、精一杯込めた。場内の大型ビジョンで、スペシャルムービーを流した。読売ジャイアンツ時代から親交が深かった矢野謙次選手、本拠地移転当初からお世話になったベテラン田中賢介選手がメッセージを送った。栗山英樹監督は、花束を手渡した。日ごろは5回裏終了後には、クラブハウスへ戻るなどして一息つく選手が多いが、ホームの三塁ベンチに滞留していた。
それぞれが目に焼き付けるように、最後の勇姿を見届けていたのである。
誰1人、着座せず、スタンディングオベーションだった。すべて工藤さんには、内緒にして計画したセレモニー。素晴らしく花を添えてくれたのが、来場した4万人超の満員のスタンド。私たちと、心を重ねてくれた。事情を察し、少しずつボリュームが上がりながらの温かい拍手のシャワーが、降り注ぐ。
工藤さんは、小さく四方に丁寧に一礼をして去っていった。
報道陣まで記者席で涙していた。
後で聞いた逸話である。当日のテレビの試合中継の解説を務めたOBの1人、岩本勉氏は本番中にむせび泣き、言葉にならなかったという。
取材の合間にコーヒーを注いでくれたり、おやつをもらったり、時に人生相談をしたり……。姿勢が悪く、猫背で鳴らす私もスポーツ紙の記者時代に「腰が悪いの、高山さんは。大丈夫ですか?」とよく心配されたものである。同じように工藤さんと触れ合った報道陣の数人も、記者席で涙していたことも知った。
グラウンドキーパーを卒業し、職務から解き放たれた翌日4月1日。やわらかい笑みをたたえた工藤さんは、オーバーオールを脱いでいた。ファイターズグッズなどを身に着け、娘さん夫婦と札幌ドームを訪れた。はしゃぎ、小躍りするような姿は初見だった。
「やっと、ちゃんと応援できるんですよ。寂しいけれど、うれしくってね」
愛くるしい北海道なまりで、いつもよりハイトーンだった。ファイターズに関わって16年目で、プライベートでのスタンド観戦は初めてだという。