ファイターズ広報、記す。BACK NUMBER
ファイターズの「母」に贈った引退式。
プロ野球を支える偉大なる女性たち。
posted2018/04/15 07:00
text by
高山通史Michifumi Takayama
photograph by
Sponichi
女は弱し、されど母は強し――。
フランスの詩人、ヴィクトル・ユーゴーが残したとされる名言である。
北海道日本ハムファイターズには、何人もの「母」がいる。傍目には男社会のプロ野球だが、献身的に全身全霊で尽くす女性たちがいる。そんな数多の大きな愛に支えられながら、チームは生命力を宿す。
春は別れの季節である。旧年度の最終日である3月31日、本拠地の札幌ドームの開幕3連戦の2戦目。舞台裏は、センチメンタルな空気に満ちていた。ファイターズの誰もが敬愛するレジェンドと、お別れの時を迎えたのだ。
ファイターズにとって、紛れもない「母」の1人だった。工藤悦子さん。札幌ドームのグラウンドキーパーを14年間、務め上げた。ファイターズが北海道に拠点を置く1年前からである。定年退職の日が、埼玉西武ライオンズとの一戦だった。謙虚で、実直な人柄。絶妙な距離感で皆と接し、控えめな性格の女性である。
工藤さんらしいが、その試合で「引退」する事実を、ごく親しい周囲の人にしか明かしていなかった。
寡黙ながら懸命に土を鳴らす姿に……。
当日は午後2時半開始のデーゲーム。いつものように早朝から普段通り、業務をこなしていた。力仕事である打撃ケージの設営など、勇ましく、グラウンド内を動き回っていた。いつもと変わらぬ景色であり、空気を漂わせていた。工藤さんのユニホームは、オーバーオールで長袖の作業着。全身を衣服に通さず、腰から上の部分は折り返して着用する。
両袖を腰の前できつく結び、上半身はTシャツ姿である。小走りにグラウンドへ駆け出していき、黙々とトンボをかける。最後の持ち場は、一塁ベース付近だった。ファイターズの札幌ドームの試合では、日常の風景。ハツラツとしているが、寡黙な女性。懸命に土をならす姿に、みんな吸い寄せられ、心を奪われていた。
グラウンドキーパーとして生涯ラストのファイターズ戦。5回裏終了後が、正真正銘の最後の整備になった。