Jをめぐる冒険BACK NUMBER
大久保、憲剛の「代役」ではなく――。
川崎・小林悠、三好が見せた自分の色。
posted2016/09/28 11:00
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph by
AFLO
その瞬間、小林悠が抱いていたのは、チームメイトとは異なる感情だった。
9月25日に行なわれたJ1セカンドステージ13節、3位・川崎フロンターレ対4位・横浜F・マリノス戦。川崎のGK新井章太の負傷によって設けられた9分ものロスタイムの6分と8分にゴールを許した川崎は、安全圏だと思われていた2点のリードを、あっと言う間に失った。
バタバタと倒れ込んだり、膝に手をやってうなだれたりする川崎の選手たちと、「まだ終わってないぞ!」と手をたたき、必死に鼓舞するキャプテンの中村憲剛。
だが、小林は、怒りに身体を震わせていた。
「ふざけんな、何しているんだ! って思っていました」
大久保嘉人が出場停止のため、従来のサイドハーフや2シャドーではなく、1トップに入った日本代表FWの脳裏に浮かんだのは、前節の屈辱だった。
大宮アルディージャに2-1とリードしながら84分に追いつかれると、89分に逆転ゴールを食らって、敗れたばかりだったのだ。
「前節にああいう負け方をして、勝点3を取るのがいかに難しいかを学んだはずなのに、ああいう失点をするなんて、本当にありえない」
90+10分、「来い、来い、来い」の決勝ヘッド。
もっとも、怒りで自分を見失うのではなく、その怒りを自分のパワーに変換できるところが、小林の魅力だろう。
「ロスタイムが長すぎて、あと何分なのか分からなかったので、もしかしたら、まだあるんじゃないかって。それなら自分が絶対に決めてやる。そういう強い気持ちを切らさず、俺のところに『来い、来い、来い』って思っていたんです」
90+10分、その執念が、実った。
中村の右コーナーキックが逆サイドに流れると、それを拾った田坂祐介がゴール前にクロスを入れる。ニアに飛び込んだ森本貴幸の背後で待っていたのが、小林だった。
首を振ってボールの軌道を変えると、横浜ゴールの右サイドネットが揺れる。激闘の終わりを告げるホイッスルが吹かれたのは、その50秒後のことだった。
この勝利で川崎は年間順位1位の座を守り、セカンドステージ2位に返り咲いた。