マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
才能溢れるがゆえに感じた“危惧”。
一人歩きする「フルスイング」。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2016/08/23 07:00
常葉学園菊川はバントを使わない「フルスイング打線」が代名詞で、2007年にはセンバツで優勝を果たした名門だ。
振って、振って、振りぬいて甲子園にコマを進めた。
試合の中なら、“本物”の相手投手がそこで投げているのだから、もっとリアルでフレッシュな情報が手に入る。
ウェイティング・サークルで相手投手のフォームに3球タイミングを合わせておけば、実際に打席に入って迎える初球がタイミング的には4球目になる。
飛び抜けた身体能力を持った栗原選手だけに、2打席目以降にもそうした工夫が見られなかったことが残念でならない。
情報が入っていると、かえって反応が遅れるなんて、正直、冗談じゃないと思った。
試合前の囲み取材でそんな訊かれ方をして、わが意を得たり! とうなずいていた栗原選手も気の毒だったが、私の目には、情報が何も入っていなかったからバットが遅れているようにしか見えなかった。
打線のモットーが“フルスイング”。その通り振って、振って、振り抜いて甲子園にコマを進めてきた常葉学園菊川高。
「乱打戦をしたい。打ち負けたことはないので!」
キャプテン・赤井啓輔遊撃手もそう言って胸を張った。
確かに甲子園でも振って、振って、振り抜いた常葉学園菊川高。
バックスクリーンの左にぶち込んだ山本雄大左翼手の打球なんて、誰が見たって“9番”だなんて信じないし、あわや! と思わせた4番・米沢利紀捕手の左中間最深部への放物線だって、「すごい!」以外に表現のしようのないスイングであり、打球だった。
しかし、タイミングさえ合っていれば、もっとボールの正面からバットが食い込んで、外野に行ってからもうひと伸びする、本物のスラッガーの打球になっていたはずだ。それが惜しまれて仕方がない。
秀岳館打法の是非はともかく……。
6-1。
点差はそれほど開かなかったし、ヒットの数は13本と5本。それでも秀岳館のほうがずっと“いい打球”を放っている印象があったのは、彼らがタイミングをとる意識で上回っていたからだ。
2ストライクまでは渾身のフルスイング。追い込まれたら、三振回避の「ノーステップスイング」。
センバツ4強からこの夏にかけて、すっかり有名になった「秀岳館打法」のセオリーだ。
この先長く“勝負野球”の世界に身を置いていこうという選手が多い秀岳館にとって、それが長い目で見て本当によい事なのか私にはわからないが、打席の中で“打ち方”を変える彼らのほうが、タイミングというものにより関心を持って打席に臨んでいたことは間違いない。