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甲子園ファンの声援に潜む「残酷さ」。
八戸学院光星は、何と戦ったのか。
posted2016/08/23 11:00
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
Kyodo News
ネット裏まで広がる手拍子。夏の甲子園で、それは球場全体が、一方を応援し始めていることを意味する。
この手拍子が、今年ほど気になったこと、もっと言えば、得体の知れなさを覚えたことはなかった。
そのきっかけは、8月14日の東邦-八戸学院光星の試合にある。2-9と東邦が7点を追う展開で迎えた7回裏、東邦は2点を挙げて4-9と詰め寄る。2死ニ塁で、4点目のタイムリーを放った一塁走者の藤嶋健人は盗塁を試みたが、タッチアウト。タイミング的には明らかにアウトだったにもかかわらず、藤嶋はヘッドスライディングを試み、東邦のトレードマークでもある純白のユニフォームが上から下まで真っ黒になった。
今大会の注目選手の1人、エースで4番の藤嶋の、まさに泥臭いプレーに球場の雰囲気がにわかに変化した。
東邦は得点差が開いてから、キャプテンでもある藤嶋を中心に「最後なんだから、笑ってやろう」と言い合った。その笑顔にも、ファンが少しずつ引き込まれていく。
東邦は8回裏にも1点を挙げ、5-9とにじり寄る。まだ遠いが、少しずつ得点差が縮まる展開も「撒き餌」となった。
「魔物」の正体は、移り気なファン。
そうして迎えた9回裏。攻撃が始まる前から、東邦のブラスバンドの演奏に合わせ、また一段階、調子の強くなった手拍子が起こる。
続く第4試合は、2回戦屈指の好カード、横浜-履正社戦が控えていたため、球場は超満員に膨れ上がっていた。そのことも雰囲気づくりを加速させた。
甲子園は、コロシアムのようにそそり立つ同じ高さのスタンドがグラウンドをぐるりと囲んでいる。そのため、空気が一方に偏るとプレーヤーは気持ちを逃がす場がない。
異様な雰囲気だった。'07年の決勝で0-4で負けていた佐賀北が8回裏に5点を入れ、広陵を大逆転したとき、'09年の決勝で日本文理が9回表、4-10から9-10まで中京大中京を追い上げたとき以来の熱気だった。あるいは、それ以上だったかもしれない。
甲子園に住むと言われる「魔物」の正体を見た気がした。それは、移り気なファンである。