“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
中京大中京にベンゲルの遺伝子あり。
元名古屋・岡山哲也監督の覚悟、情熱。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2016/08/22 07:00
現役時代の岡山は“ピクシー”ことストイコビッチとともに躍動した。今は指導者として鍛錬の日々を過ごす。
「叩き上げの二流」だからこその謙虚さと熱意。
今や世界的な名将となっているベンゲルのプロフェッショナルな姿勢に、岡山は大きな感銘を受けた。指導者として、人間としてあるべき姿。指導者になるにあたって、すぐにその姿を自らに投影することが出来た。今は高校サッカーの指導者の面白さ、難しさ、やりがいに完全に魅了され、“元Jリーガー”の看板は無くなり、“高校サッカーの監督”としての情熱がみなぎっている。
「やればやるほど、高校サッカーの奥深さを感じます。指導をすること、人間としての教育をすること、進路などの相談に乗ることもそうだし、選手たちひとりひとりに真正面から向き合わないといけない。さらにフェスティバルを開催したり、招待されたり、横のつながりも大事で、情報交換や意見交換など勉強になる部分が本当に多い。まだまだ僕も高校サッカーの指導者として、見えるべきものがはっきりと見えていない部分も多い。だからこそ、今後も驕る事無く、謙虚さと熱意を持ってやらないといけない。
現役時代を振り返っても、僕はその2つの心を持たなければ、プロの世界で生き残って行けなかった。それは自分がスーパースターじゃ無く、“叩き上げの二流”だから。グランパスに対する愛情、グランパスに対するプレーでの貢献は一流だと今でも思っているし、自負している。でもサッカー選手としては二流。技術が高いわけではないし、華やかな選手でもない。現役時代からずっとそう思っていたからこそ、指導者になっても変なプライドは持っていなかったし、余計なボタンを簡単に捨てられたのだと思う」
プライドだけで渡れるほど、この世界は甘くない。
「名手は名将にあらず」とはよく聞く表現だ。ベンゲル自身も現役時代は一流からはかけ離れた存在であった。だからこそ、一流の指導者になるために相当な努力を重ねたし、そこには無駄なプライドが存在しなかったからこそ、吸収力と柔軟性を持って指導者として成長し続けられた。
「行ったところの環境、条件、レベルにちゃんと合わせられる人間が素晴らしい人間だと思う。プライドも外に出さなくても、腹の中にしまっておけばいいだけの話。プライドで渡って行けるほど、この世界は甘くないからね」