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鹿島で11年通訳を務める男の仕事論。
「通訳の仕事の成果は、試合の勝敗」
text by
寺野典子Noriko Terano
photograph byNoriko Terano
posted2014/11/28 10:50
鹿島アントラーズで、ブラジル人監督の言葉は高井蘭童の言葉として選手に伝えられる。通訳、という仕事は想像よりもずっと試合の結果を左右するのだ。
言葉の選び方、話す順番で「響き方」が変わる。
ブラジル流を貫く鹿島で、ポルトガル語通訳は欠かせない。だから、自身の立場が安泰だと言われることを高井はもっとも嫌う。ポルトガル語と日本語が話せるという理由だけで、職務を与えられているわけではないというプライドがあるからだ。
高井は、勝利を導くための工夫をいたるところにこらしている。
Compromissoというポルトガル語がある。英訳するとCommitment(コミットメント)だが、うまい日本語訳がわからなかった高井は「責任をまっとうする義務がある」という想いを伝えるために苦労した。自身で熟語を作ることまでやった。
「今では、いたるところで言われている“責務”ということだったんですけど(笑)。2012年に成績が低迷したときは、ミーティングでホワイトボードに大きな字で何度も書きました」
試合前のミーティングでは、チーム状況を察知して監督の言葉以上に話すこともある。ホワイトボードへ記入する文字の色を変えて、インパクトを与える工夫もする。事前にどの色が強い印象を残すのかを調べたうえで、色を選ぶという。
「監督が話したことであっても、僕がどういう言葉を選び、どんな順番で話すかで、メッセージの強弱も出るし、響き方も違ってくる。結果、受け止め方も変わってくるんです」
「選手の本能のスイッチの入れ方を探す」
それらすべてが結果のための行動だ。そして、より良く伝えるためにもっとも考えなければいけないのは、受け手のことだと高井はいう。監督が代わることよりも選手ごとの違いを意識する。
「たとえば、今の鹿島は若い選手が多い。だから、少し噛み砕いて話をしなくちゃいけない。特に戦術面やサッカーの知識という意味では、若い選手はまだ足りないことも多いので。ポジションの役割と、そこでどのように機能すべきかということを丁寧に説明しなくちゃいけないんです。
これまで鹿島の強みは、ベテランがいて、若い選手に勝つためのノウハウを言葉やプレーで示してくれることでした。若い選手はガムシャラにやって、ある程度サッカーがわかってきた中堅がいて、ベテランが勝ち方を示す、という風なバランスが上手く取れることが一番です。でも、今の鹿島はベテランがピッチに少ないという現状があります。だからこそ、『自分がいかにこの城を守るのか』という自覚を中堅選手にもっと期待したいんです。
チームに入ったばかりの選手は、当然最初は誰でも緊張しています。指示に対して良い返事はするけれど、実際にはやれていない、身体が動いていないこともある。それは言葉ではなくて、プレーや行動を見ていればわかる。目を見ればわかるというように、感じられるものです。
言葉が耳に届いたとしても、それがきちんと心に引っかからなければ、意味はない。だから、心に引っかかる術を探す。そのためには、選手それぞれに個性があるので、そこを考えなくちゃいけない。試合に出たい、勝ちたいという欲は誰もが持っている本能的なもの。その本能のスイッチの入れ方を探すことから始めるんです」