オフサイド・トリップBACK NUMBER
南米の「神話」が合理主義に屈した日。
7-1がブラジルに問う、究極の難題。
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byGetty Images
posted2014/08/04 10:40
ブラジルの、そして南米サッカーの持つ神話を過去の物にしたのは、ドイツが体現した完全な合理主義だった。サッカーの歴史はどこへ向かうのだろうか。
ブラジルが迫られる「究極の選択」。
ブラジル対ドイツ戦を振り返るとき、僕が連想するのは音楽の進歩の歴史だ。
南米の人々のような天性のリズム感や音感を持たない代わり、ヨーロッパの人々はコードで理論武装をし、それを広く共有することで、世界のスタンダードを築き上げていった。今回のブラジル大会では、サッカーにおいても、まさに似たような現象が起こり始めた。
いずれにしてもドイツ代表が、世界中のサッカー関係者に福音を与えたのは間違いないが、その分だけブラジルが置かれた立場は厳しくなった。
ちなみにブラジルでは、ユースの育成を根本的に見直そうという動きが出ている。これは大会が開幕する前、セレソンが1-7でドイツに敗れる遥か前から始まっていた動きだ。
たしかに発想としては間違っていないのだろうが、そこには危険が潜む。「ジンガ」と称されるような、独特なリズム感やテクニックを持った選手の数がさらに減り、ブラジルサッカーのアドバンテージが失われてしまう可能性もあるからだ。
とは言え、現状のままで何ら手を打たなければ、ヨーロッパ勢から覇権を奪回するのは一層難しくなってしまう。
ドイツが提示した世界標準に学びつつ、自らのアイデンティティーやオリジナリティを、いかに確保していくか。ブラジルサッカー界が抱える苦悩は相当に大きい。心待ちにしていた母国大会が、サッカーの楽園に住む人々に突きつけたのは、残酷な真実だった。そしてこの問題は、実は日本サッカーにとっても、決して他人事ではないのである。