Number Do MoreBACK NUMBER
<日本一のアルパインクライマーが語る(3)> 山野井泰史 「経験したことと、記録されたもの」
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byMiki Fukano
posted2012/08/16 06:00
連続インタビュー企画「私が山に登る理由」の一つとして掲載された
日本一のアルパインクライマー・山野井泰史さんへのインタビュー。
Number Webでは、雑誌では読めないエピソードもたっぷり収録した
ウェブ完全版を4回に分けてお届けします。
アルパインスタイル、ソロによるヒマラヤの高峰登山で世界に名を馳せたクライマー山野井泰史。沢木耕太郎の『凍』に描かれたギャチュン・カンでの壮絶な生還劇から10年。凍傷で手足の指10本を失ってもなお、山と岩壁への情熱は変わらず燃え続けている。その原動力となるものは何なのだろうか?
◇ ◇ ◇
マカルー西壁、極限のクライミングを記録に残す意味。
――山野井さんはこれだけ世界的に注目される登山をしながら、あまりドキュメンタリー撮影などでクライミングしている姿を映像に残していませんよね。でも、「ヒマラヤに残された最後の課題」ともいわれるマカルー西壁(8463m)へのアタックでは、テレビの取材を受け入れましたね。これはやっぱり特別な挑戦だったんでしょうか。
自分のやっていることを見せたいと思ったんです。というのも、メディアに流れる情報が、大きな隊によるエベレスト登頂や七大陸最高峰制覇といった方向に偏っていたのが気になっていたからです。登山にはそれとは違う世界があること、神秘的な山、困難な岩壁で、極限に挑戦しているクライマーがいるんだということを、ひとりでも多くの人に見てもらいたいという気持ちがあった。だから、べつに僕が主人公じゃなくてもよかったんです。
結果は頭に落石を受けて敗退。登頂を撮影することはできませんでした。その後もお話はありましたけど、基本的にはぜんぶお断りしました。そもそも8000m級の山で壁にしがみついている表情なんて撮れるわけがないということも分かった。
――野球やサッカーのような競技スポーツだったら、放っておいてもメディアに取り上げられますけど、登山の場合、自分から報告しないと誰にも分かってもらえない。そういう意味でも難しいスポーツですよね。
僕の場合、だからといって自分の冒険を大げさに伝えるようなことは嫌だったんです。子供の頃からこの世界が大好きだから、正しく報告しなきゃいけないなということをすごく感じてました。それに自分がやってきたクライミングで、人に向かって本当に「やったぞ!」と言えるものはそれほどない。今までずいぶんいろんなところに書いてもらったし、自分でも書いたので、もう充分だと思ってます。
むしろ、見せなくてもいい世界があるんだと思うようになりましたね。全部を世の中の人に知ってもらわなくてもいいじゃないかと。いずれにしても、経験したことそのものに比べれば、記録されたものは、残りかすみたいなものです。それは僕自身の文章もそうです。