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<日本一のアルパインクライマーが語る(3)> 山野井泰史 「経験したことと、記録されたもの」
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byMiki Fukano
posted2012/08/16 06:00
マナスル、雪崩の恐怖、山で死ぬということ。
――'98年のマナスル(8163m)では、妙子さんと登っていて、雪崩に見舞われました。このときの経験は、山野井さんの登山観、人生観に影響を与えたんでしょうか。
最初で最後ですね、死ぬと思ったのは。その後のギャチュン・カンでの遭難では死ぬとは思わなかったけど、マナスルの雪崩に埋まったときは具体的に死を感じました。
雪崩が起きる数分前にいやな感じがして、妙子とロープを結び合ってはいたんですよね。だから、対処はしていたんですけど。でも、それ以前に、登るという判断をしたのが誤りですね。昔の写真とは氷河の感じがずいぶん違っていた。温暖化の影響だと思うんですけど、セラックという氷の塊が悪い状態になっていたんです。見た瞬間、まずいなと思ったにもかかわらず、「一歩も進まないわけにいかない。1mぐらいは登りたい」と思ってしまった。
取り付いて4時間。ドーンという音がした。雪崩だとすぐに分かったものの、逃げるのは不可能だと思って、妙子に「構えろ!」と叫んで、自分もアイスバイルを雪面に叩き込んで身構えました。その直後、雪崩が身体にぶつかって、もみくちゃになった。
掘り返されて温まったら、また生き返るんじゃないか。
雪崩の中は埋まるとコンクリートみたいにガチガチで、指先すら動かない。口の中にも雪が詰まって呼吸もままならない。自分で対処できるなら必死にあらゆる手をつくすけど、何もできない。
死にたくない、でも何もできない。死ぬことがこんなに怖いことなんだと初めて理解しました。
このまま呼吸が停まって冷凍されたら、仮死状態になるんじゃないか。掘り返されて温まったら、また生き返るんじゃないか、と考えたりもした。
幸運にも妙子が埋まってなかったから掘り起こしてもらえたけど、こうやって埋まって死んでいる人がたくさんいるわけですよね。ショック状態で意識を失ってなければ、15分ぐらいは中で生きてるらしいですけど……。
その経験の後は、山で死ぬのはいやなことだなと思いましたね。きれいなことじゃないと。僕の友達も何人も雪崩で亡くなってますけど、5分なのか10分なのか、あんな苦しみを味わって、とってもつらかっただろうなあ、と思う。
その部分での認識は変わりました。ただ、登るという行為そのものへの気持ちは変わらなかったです。