Number Do MoreBACK NUMBER
<日本一のアルパインクライマーが語る(2)> 山野井泰史 「一人で登る理由、幻覚との対話」
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byMiki Fukano
posted2012/08/09 06:00
連続インタビュー企画「私が山に登る理由」の一つとして掲載された
日本一のアルパインクライマー・山野井泰史さんへのインタビュー。
Number Webでは、雑誌では読めないエピソードもたっぷり収録した
ウェブ完全版を4回に分けてお届けします。
アルパインスタイル、ソロによるヒマラヤの高峰登山で世界に名を馳せたクライマー山野井泰史。沢木耕太郎の『凍』に描かれたギャチュン・カンでの壮絶な生還劇から10年。凍傷で手足の指10本を失ってもなお、山と岩壁への情熱は変わらず燃え続けている。その原動力となるものは何なのだろうか?
◇ ◇ ◇
――20代前半にかけて、ヨセミテのハーフドームやエル・キャピタンといったビッグウォールを登り、ヨーロッパアルプスではドリュ西壁フレンチダイレクトの単独初登に成功し、瞬く間にステップアップしていきましたよね。その頃からすでにソロでの挑戦が多かった。
パートナーはときどきいましたけど、師匠はいなかったし、技術は一人で登りながら身につけていった感じですよね。べつに人嫌いというわけじゃないんですけど、最初に練習し始めたのが一人だったから、ソロでやることに不安がなかった。それに一人で登るほうが楽しいと感じるんですよ。
やっぱり自分で判断するほうが気持ちいい。昔から日常生活でもそうかもしれません。みんなで話し合って結論を出すより、黙々と考えて「こうしよう」と決めるほうが好きです。
たぶん旅行でも、団体より個人で行ったほうが、旅の感動は深まりますよね。それと同じで、山の場合も3人で行くと楽しみが3分の1になっちゃうから、僕はまず一人を前提に計画を立ててみる。小さくて、とくに歴史に残らないような登山だとしても、まず一人でできるかできないかを考えます。
登る山を決めるときは、本や専門誌を読んだり、写真を見たりしてイメージするところから始めます。たとえば、ヒマラヤの雪と岩の壁に自分がへばりついているシーンを想像するとワクワクしてくる。そして、じゃあそのイメージに近い山はどこだろうと探して、計画に移っていく。
計画している時間がいちばん楽しいですね。本当にいちばん充実するのはたぶん頂上直下を登っているときでしょうけど、そこでは苦しみ、恐怖、不安など、いろんなものが混ざり合っているから、単純に楽しいとはいえなくなってくる。
ソロクライマー、垂直の壁をひとり登る自分の姿が見える
――1枚の写真から登山が始まることが多いんですか。
そうですね。たとえば、ヨセミテへ通っていた頃、北極圏のバフィン島にあるトール西壁の写真を見たんです。垂直の1400mの壁──つまりスカイツリーの2倍ぐらいの高さですね。そこを登っているクライマーの写真を見て、かっこいいなあ、行ってみたいなあと思ったんです。素晴らしく切り立っていて完璧な壁でした。
その巨大な壁に僕がひとりポツッといて、苦労しながら毎日少しずつ上がっている。赤いちょっと派手なウェアを着て、歯を食いしばってがんばって登ってる姿。そういう俯瞰のイメージが頭に浮かぶと、だんだん「あそこに行かなきゃいけないんだ」という思いに変わってくる。
アルパインスタイル、ソロというやり方を選んできたのは、美学や性格もありますけど、脳裏で斜面をイメージしたときに、3人、4人いるとちょっと多いんですよ。一人のほうが僕の中では何だか心地いいんです。数人で会話しながら登っている姿を想像するといやな感じがする。ソロクライマーが無言でじわじわと壁を上がっている。そして、登り終えた後は、静かにピッケルを頂上に刺す。そういう姿がいいんです。
せっかく山の中にいても、会話があると社会に戻されちゃう感じがするんですよね。ときどきハイカーでラジオを聞きながら登っている人とか、自治会やPTAがどうしたという会話をしながら山歩きをしている人を見かけますけど、不思議に思いますね。せっかく山の中にいるのに、もったいなくないのかなって。うちの奥さんといっしょに登っているときは、本当にずっと何日も会話らしい会話はないです。それはとてもいいですね。