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<甲子園の監督力に学べ!> 育てるチカラ。 ~教え子・井上力が語る蔦文也(池田)~ 

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中村計

中村計Kei Nakamura

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photograph byTamon Matsuzono

posted2011/07/15 06:00

<甲子園の監督力に学べ!> 育てるチカラ。 ~教え子・井上力が語る蔦文也(池田)~<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

「先生に恥をかかせるわけにはいかんって」

 もちろん、この「無策の策」とでも呼ぶべき極端なスタイルは諸刃の剣だった。史上初となる3季連続優勝をねらった'83年夏は、準決勝でPL学園とぶつかり、1年生エース、桑田真澄のクレバーな投球の前に1点も奪えず0-7で完敗している。

 だが、井上がセンターにコンバートされたときと同じく、その無策がまたチームを成長させてもいた。井上が思い起こす。

「この点差じゃ厳しいかなというときは、選手の判断で勝手に送りバントをしたりしてました。それについて先生は何も言いません。それで翌日の新聞には『勝負どころを見極めた蔦采配』と出る(笑)。でも、そうやって選手たちが自分で考えてプレーをするようになった。みんな池田が好きで、先生が好きで入ってきてるわけですからね。先生に恥をかかせるわけにはいかんって。サインミスがあっても、たぶん間違えてるなって、選手同士でアイコンタクトをとって、そのミスをカバーできるよう先の先を読んでプレーをしていた。得な性格ですよね。先生は好き勝手やってるだけなのに、それでもまわりが自然とうまいこと回るんです」

 欠点だらけだが高校生にさえ放っておけないと思わせる天性の愛嬌を持つおじいちゃんと、やんちゃ坊主だが人懐っこい田舎の高校生たち。その2つの配合具合が絶妙だったからこそ、あの時代、高校野球史上もっとも個性的で、かつ愛された池田というチームが生まれたのだ。

Number782号「答えは過去にあり。~ニッポンの名将特集~」掲載の「<甲子園の監督力に学べ!>育てるチカラ。」企画では、今回ウェブで特別公開した池田高校の蔦文也監督に加え、尾藤公(箕島)、中村順司(PL学園)、木内幸男(取手二)ら4人の名将に教えを受けた元球児たちに証言していただきました。
蔦監督以外の3人のエピソードは、雑誌「Number」782号、もしくはNumberモバイルでお読みください。
答えは過去にあり。~ニッポンの名将特集~
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